痛手






「おはよっ!かーいと!」

「おー、おはよ」

教室に入ってきた快斗を見つけ、青子は声を掛けた。

快斗は自分の机に鞄を置いて席に着き、青子も机に寄ってくる。

「珍しいよね、快斗と別々に来るのって」

「ああ、昨日の荷物を片してたからな」

「前に快斗が風邪で休んで以来だから、かなり久しぶりだよねぇ」

「俺がいなくて寂しかったとか?」

「はぁ?何言ってるのよ!青子を何歳だと思ってるの?」

子供扱いしてー!と青子はぷりぷりと怒り出すが、訊きたいトコはそこじゃないんだけどな〜、と快斗は的のずれた回答に苦笑い。

ひとしきり怒ってから、青子は今朝のニュースを思い出してぽん、と手を叩いた。

「そういえば快斗、昨日大阪行って来たんでしょ!?今朝ニュースで見たんだけど…」

「ああ、大変だったみてーだな」

快斗はまるで他人事のように返事を返す。

「みたい、って、快斗結局、大阪行かなかったの?」

「あんな騒ぎじゃ行けるわけねーだろ?問題ないと分かったのはもう夕方だったし、それからまたUターンラッシュで交通が完全復活したのは今朝未明なんだからよ」

奈良の手前で帰って来たよ、と事前に練って置いた説明をそのまま話す。

そう、今回は父親の昔の弟子に会いに行くという名目で大阪へ行ってきたのだ。

それも、そんじょそこらの交通機関でではない。

『飛行船』で、だ。

勿論そんなことは青子は知る由もないが。

(まったく…散々な一日だったぜ)

昨日一日のことを振り返ってみれば、実に色々なことがあった。

途中下車はさせられるわ、計四度目となる"奴"の変装をさせられるわ、変装はバレるわ。

ふと、そこまで思い出して、快斗は数日前の昼休みの一コマを思い出した。




「ほー、世界最大の飛行船ねぇ…」

すっかり新聞の一面から追いやられた哀れな新聞記事を読んで、快斗はにやりと笑った。

「わざわざビッグジュエルまで用意してくれちゃって。こりゃー、今回も戴きだぜ!」

そんな時、後ろからつかつかと歩み寄る足音が。

快斗の肩に凭れるようにして、紅子がその紙面を覗き込みながら話しかけてきた。

「やめときなさい…凶兆が出てるわよ」

「またそれかよ…」

「いいから聞きなさい。『白き罪人、己を見透かしし者に深き痛手を負わされん』。これが今回の予言。
痛い目にあうわよ」

「俺には関係ねーだろ?その白き罪人ってのがキッドのことなんだとしたらな。大体、前の占いだって…」

「占いじゃないわ。まあ、信じるも信じないもあなたの勝手だけどね。
…一つだけ忠告しておくわ。気をつけなさい、今回の敵は、いつもとは違うようだから」

「はあ?」

またつかつかと去って行った紅子の背中を見ながら、快斗は最後の言葉を反芻した。

(どういう意味だ…?いつもと違う、ってコトは、あのボウズじゃねーってコトか?
白馬は当分帰ってこないようだし、まさか警部ってわけでも…)

暫し悩んだ後、すぐにいつもの楽観的思考に戻って考えを切り替えた。

「ま、悩んだって仕方ねーか。誰が相手だろーとこの怪盗キッド様の敵じゃねーぜ!」

そう呟いて、快斗は当日の作戦を練るのだった。



(まさかこんなモンでバレるとはなー…)

快斗は左腕に貼った絆創膏を眺めた。

結局はがさずにそのままにしているのだが、一日経って文字はかすれてきており、文字は殆ど気付かない程度の薄さになっていた。

「俺が『新一LOVE』なんて絆創膏貼ってたら、鳥肌モンだよな…」

ハハハ、とその姿を想像して苦笑いする。

「ちょっと、快斗!聞いてるの!?」

いきなり耳元からの大声で回想から引き戻され、びくぅ!と身体を竦ませる。

「あ、えーと、何だっけ?」

「もう!せっかく今朝電話でお父さんから聞いたキッドの話教えてあげてたのに!!」

「え、警部が?」

珍しい、と快斗は身を乗り出した。

警部が青子にキッドの話をするのも珍しいが、それをわざわざ青子が快斗にしてくれようとするのは更に珍しい。

「警部、何だって?」

「もういいっ!人の話を聞かない快斗になんか、教えてやらないんだから!」

「悪かったって、青子〜!」

ぷい、とそっぽを向く青子に両手を合わせて謝り倒す。

めげずに頭を下げていると、ちらりと青子が目線だけこちらを向けてきた。

チャーンス!と頭の中で鐘の音が鳴って最後のひと押し。

「な、教えてくれよ」

「…べつに、どうって程のコトでもないのよ。ただちょっと今回は、危険な目にあった子を命がけで助けたらしくて、そこだけは認めるって言ってたの」

「へー、警部が…」

「うん…青子も、物を盗むのは許せないけど、そこは尊敬できるかな…とは思って」

「へ?」

予想外の言葉に、快斗は目をぱちくりとさせた。

今世紀でもう二度とは聞けないんじゃないだろうか。

「…なんてった?」

「…―だから!その子を助けてあげたトコだけは尊敬できるかな、って言ったの!!」

青子は居心地がわるそうに目を泳がせている。

その様子に、快斗はなんだかほんわかと心の隅があったまる気がした。

人間、良いことはしておくものだ。

…と、ちょっと幸せな気持ちでいられるのも束の間、その時、目を泳がせてたまたま下にやった青子の視線が快斗の手を捉えた。

「あれ、快斗、その手どしたの?」

「ん?…あ、いや、これはちょっと…」

青子の視線の先にあるものに気づいて快斗はギクリと冷や汗を流す。

ササッと隠した手のひらの下には、赤くなった手の甲が。

「まさか快斗、大阪行って細菌貰って、発疹出ちゃったんじゃないの〜?」

「ばっ、バーロ!オメー、ニュース見てねーのかよ。あれは偽物だったって言ってただろーが!それに俺は大阪まで行かずに帰ってきたって、さっき言ったばっかだろ」

「分かってるわよ、ジョーダンよ、ジョーダン!」

ふふふ、と笑う青子を趣味の悪い冗談かましやがって、と睨みながら、それまで忘れていた手の甲の傷をさりげなく擦った。

(深い痛手って、この事かよ…)

深いとは思えないが、痛いことは確かだった。

とても本当の事は言えねーな、と昨日の出来事を思い出す。

「快斗、それ痛むの?」

突然、快斗の擦る手に気付いた青子がずいっと顔を近づけてきた。

思わずドキッとして快斗は椅子ごと後ずさる。

近く寄った青子の顔が昨日の"アレ"と重なり、まともに青子の顔すら見られない。

必死に目を逸らそうをする快斗の様子を不審に思った青子は更に詰め寄る。

「ちょっと〜、なんで目を逸らそうとするのよ〜!」

「べ、別に逸らそうとなんかしてねーって」

「ならこっち向きなさいよ!」

ぐいっと両手で顔を抑えつけられ、青子の顔が間近に迫る。

みるみるうちに快斗は体温が上がり、ポンっと顔中を真っ赤にさせた。

その様子を見て、青子は大笑い。

「快斗ったら赤くなっちゃって、ゆでタコみたいー!」

「んニャロォ、人の事笑いモンにしやがって…」

青子を睨みつけようとするも、やっぱりまともに見られない。

深い痛手とはこのことか、と快斗はようやく納得した。


(しっかし、昨日は全然こんなコトにはならなかったんだけどなー?)

好意の有無のせいだとはつゆ知らず、果たして何が違うんだろうとすっかり早くなった心拍数を抑えながら、快斗は頭を悩ませるのだった。







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映画を見てからずっと書きたかったネタでしたw
いつまでこの状態続くんでしょうね、快斗は?(笑)
きっと蘭ねーちゃんなら数日跡が残るくらい容赦なくつねってるハズw
とてもこの傷は青子には見せられないですよねー。Yシャツに付けてきた口紅とほぼ同じ意味ですもんね。
でも快青派としては、笑えそうだけど真面目に深刻な問題でもありますよね。
っていうか、映画で蘭が突き放した瞬間、キッドなんかノリ気だったんですけど、本気でやる気だったの、あんた!?
ここは製作者のひとと膝を突き合わせて話し合いたいところではあります。とても。
気になって夜も眠れない(←いやそれはさすがに…)
でもまあ、「この快斗の浮気者ー!」とは思ったけど、「いやでも、青子本人にはあんなこととても出来ないだろうなあ」とも思うのよね。

どうでもいいが、貰った絆創膏をそのまま後日までつけてたら可愛いんじゃないかと思う(笑)
映画見たときから思ってたんだけど、絆創膏二枚貰ったんだから、あげた人とは別の人が付けてても「その人から貰ったんです」で通せばいいんじゃないかなぁ…
ま、それ言っちゃったらストーリーにならんが。
同じ場所に絆創膏付けてるのが不自然ってコトかしら??
「戦士の、勲章だな」って言ってコナンに絆創膏貼る所カッコよすww
キッド顔近いww(コラ変態。)

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