王の威を借るコアクマ。
     Third.歓迎されし船上パーティー(前編)




「陛下、お茶が入りましたよ」

「あ、あぁ。サン…」

労いの言葉をかけ終える前に、の頭上に不穏な影がちらつく。

ビシィッッ!!

「…ってぇ…!!」

広い室内に、竹刀で思いっきり殴った音がよく響いた。

頭に出来上がったタンコブを押さえ、浮き出る涙を必死に堪えながら、笑顔を作る。

「『ありがとう、グルースト。やはりお前の茶は一級品だな』」

「お褒めにあずかり、光栄です」

「ちぇ…見かけによらず、厳しいんだもんな…」

「何か仰いましたか?陛下」

両手で竹刀を携えながら立つ、ナフェスの顔はまさに一級品の笑顔だった。

何を隠そう、今現在俺達(特に俺。)が身を張ってやっているのは、裏声を使っての、王様の演技。もとい、王様替え玉がばれない特訓である。

俺が此処につれてこられた後に見せてもらった、王様の肖像画によれば成程、長い髪、うっすらと紅い唇、真っ白に透き通る肌を省けばそっくりである。

まぁ、そこが無い所為で彼女と俺との間に、月とすっぽん程の魅力の違いがあるのだが。

あとは口調と気品を正すだけ!と言って出て行ったナフェスは、帰りには竹刀を携えてきていたという。

見た目は知性に溢れた教養のある紳士といった彼だが、特訓を始めれば一転、鬼も裸足で逃げ出すような恐ろしさ、厳しさである。それを、グルーストとヴィフスは壁に凭れ掛かって、にこやか&仏頂面で傍観者を決め込んでいるのである。

かれこれ一週間。結構板に付いてきたのだが…

嬉しいのか、悲しいのか。

「『何故だろうね…目から涙が…』」

「気のせいですよ、陛下」





「…おお、揺れる揺れる」

…コホン。

「…。『あぁいや、久々の船旅だからね。少し喜んでしまっただけだよ』」

こくり。

それで結構、ってプラカードが見える。

内心暴れまわりたいところだが、そうもいかない。

ココは豪華客船の中。周りは貴族だらけ。こんな所で替え玉とばれる訳にはいかない。

約一ヶ月の特訓を経て、そこそこに『ラフォード陛下』の気質を心得た俺は、晴れて替え玉デビューとなり、重い頭と慣れぬ胸に苦心しながらも周囲に笑顔を振りまいていた。

「久しいですな、ラフォード陛下。ご健勝そうで何より」

ベルキー公爵です、とリーヴの耳打ちが入る。

「あぁ、ベルキー公爵も元気そうだな。貴殿の領土の調子はいかがかな?今年は小麦の出荷率が良い様だが」

彼の領土は、今回招待された隣国、サルマンジェの中でもラフォードの治める国、ベルグリッドに隣接する比較的小さな場所であった。彼の領土では主に小麦が出荷されていたが、凶作になるたびにベルグリッドの援助を受けていた。その為、友好関係はいたって良好。

「ええ、おかげさまで周辺諸国との交易も順調に進んでおります」

「良い傾向だ。しかし、今年張り切りすぎて来年の成果に支障を来さぬようにな」

「そのようなお言葉、痛み入ります。それでは」

「ではまた」

手を軽く振りながらその場を退散。後ろにつくグルーストがにこやかに耳打ち。

「よく似ていらっしゃいますよ、陛下」

「…もとの姿に戻れなくなりそうだぞ…」

「なら、そのままでいいんじゃないか?」

その手の冗談は、勘弁してください。

白粉で皮膚呼吸が困難なことで体調が芳しくない俺は、しばし海風に当たることにした。

「…もし。貴方様はもしや、ラフォード陛下であらせられますか?」

一人の男が話しかけてくる。グルーストの「シュルト伯爵ですね」という耳打ちが耳の内側に残る。

その名は、確か、今(仮に)俺が治めている国の人間だったはずだ。王家の血を引き、王位継承者の地位を持ちながら、伯爵の地位に甘んじている人物で、今はこのパーティーの主催者、サルマンジェに遠征として赴いていたはずだが。

「いやはや、このような所で、隠居を決め込まれていらっしゃった陛下と顔を合わせることになろうとは。光栄の限りでございます」

隠居、とはまた、大げさな。

「堅苦しい礼儀はいらないよ。ところで、君はサルマンジェでの仕事があったはずだが?」

「いや、それがですな、遠征でサルマンジェ王・ラルート陛下に謁見をしに行った際、陛下に私もパーティーへ来ないか、とのお誘いを受けましてな。ところで…陛下は隠居をなさっていた筈ですが、何ゆえこの船上パーティーにて、久しくお見せにならなかった姿を見せることになさったのですか?」

「いや、別に。久々に外の空気――それも清涼な。――それを吸いたくなってね。いけないかい?」

「滅相もない!存分にお楽しみ下さい」

「そうさせて戴くよ」

そう交わすと、頃合を見計らったナフェスが声をかける。

「陛下、お体に障るといけません。今日はこの辺で」

「そうかい?それほどヤワなつもりもないが…そうだね、帰ろうか」

では、と戻ろうとすると、シュルトはふとしたように呼び止めた。

「…陛下!」

「なんだい?」

顔だけ振り向いてみせる。ポニーテールが、ファサ、と音を立てて流れた。

「今夜の舞踏会には、ご出席なされますか?」

「ああ、今日のメインだからね。そのつもりだよ」

そういうと、シュルトは幾分か、ほっとした反応を見せた。何故かグルースト達が軽く眉間に皺を刻んだ。