王の威を借るコアクマ。
Forth.歓迎されし船上パーティー(後編)
「ふはぁ〜っ!!」
流石は豪華客船。意味があるのかは知らないが、完全防音らしい。
その環境に甘んじて、部屋に着いた俺は、素の自分を全開にして寛いでいたのだが、グルースト達は浮かない表情。
「何、どうしたの」
「先程話したシュルトという男ですが」
「ああ、あの人ね。あの人も王位継承者っていうわりに、腰が低い人だね」
ひたすらへこへことした俺への笑顔をもう一度思い浮かべてみる。
「いえ、国王に対しては他の権利も血筋も関係なく忠誠を誓うのは当たり前なのですが…あの男、前々より不穏な動きがありまして」
「何が?」
それまで固く口を閉ざしていたヴィフスが、俺が説明を、と口を開いた。
「あの男、王位継承権何位だったか覚えているか?」
「え?えっと、確か7、8位あたりだったと」
「そうだ。しかし、今現在奴の継承権は1位なんだ。何故だか解るか?」
「わ、解りません…」
情けない返答に、本当に呆れたように溜息をついてから説明をしてくれる。
「1位から奴の上までの王位継承者がすべて他国の何者かによって暗殺されているからだ」
「暗殺!?」
でも、他国の人ならその人は関係ないんでは…とか言ったら、また盛大に溜息をつかれた。
「そんなものは嘘偽りに決まっているだろう!他国の者が、王ならまだしも、王位継承者などに手を出したところで、なんら影響も得られない。それよりも、シュルトが直接自らに継承権が降りるよう、邪魔者を排斥したと考えるほうがずっと自然だ」
「じゃ、じゃあなんで誰もその人責めないんだ?その人が殺したんだろ?」
「我が国に、責められる権力者が居ない為だ。王が隠居中と伝えられる現在、あいつを糾弾することの出来る実力者はいない。それなのに、隠居中だったはずの王がいきなり出てきて自分のことを責めようと考えているとしたら…」
ぞくりと悪寒が走る。まさか。
「…ま、まさか、王も暗殺…!?」
「ほう、それくらいは頭が回るようだな」
「うっそだろ!!?そんなの聞いてないって!俺、殺されんのか!?」
「させないさ」
不安に惑う俺にすかさずその返事をくれたのは、それまで口を挟まずに聞いていたグルーストだった。
「陛下…には、指一本も触れさせませんよ」
柔らかい微笑を顔に浮かべ、グルーストはまっすぐこちらを向いた。同性なのに思わず顔をそらしそうになってしまう。なんとか目を泳がせるだけにとどめた。
「…さて、そうすると今のうちに芽は摘んでおくべきですね」
同じく口を挟まずにいたナフェスが言う。
「奴が狙うとすると、やっぱり人気の多いところかな」
「え、何で?人気は少ないほうがいいんじゃないの?」
「ここは船上だぞ?限られた空間に遺体を隠すのは至難の技。ならば人混みにまぎれて、誰が殺したかわからぬようにした方が、手っ取り早い」
「人が一番集まるなら、本日のイベントは持って来いですね」
今回の船上パーティーの大目玉、舞踏会。
「…さあ、どうやっておびき出しましょうかねぇ…」
ナフェスの瞳は、獲物を狩る肉食獣のそれとなっていた。
彼の武器は決まって他国でしか入手できない短剣であった。それは、貴族の温室育ちという環境の中で養った、数少ない知識をかき集めて作り上げた手法であった。つまり、他国の武器で殺すことによって疑惑の目を自らから他国へそらそうとしたものではないか、とナフェスは言った。
武官でなく、指揮官としてひたすら実技でなく知識を吸収していった彼に、それまでの暗殺が上手くできるだけの技量はとてもじゃないが、考えられない、彼はそうとも言った。他のプロに任せている、と。
そしてさらに、それでは本人に来ていただこう、とも彼は提案した。
「…ほんとーに、それで行くの??」
「ええ」
「けっこー命張ってない?俺」
「いざとなったら、何があろうと助け出しますよ」
グルーストが動きやすい為に軍服に着替え、剣を腰に携えながら言ってきた。
執事なのに武官も兼ねているとは、なんとも頼もしい。
一番小柄で小回りの利くヴィフスは、クローゼットの中に身を潜めた。
扉の向こうでは落ち着かない雰囲気が漂ってから30分ほど経っていた。
「…では、行ってきますね」
グルーストとナフェスの二人は扉の向こうの喧騒へまぎれて行った。
…居ない。
パーティーが始まって早30分。食事もろくにせずひたすら目的の人物を探しているが、一向に見当たる気配がなかった。
そこへ、探し人の側近二人が人波を掻き分けてこちらへやってくる。
「ああ、シュルト殿、探しておりました」
「何事だ。陛下はどうなされた?」
「それが、今体調を急に崩されて、部屋で寝込んでおられるのです。私達はラルート陛下にその旨を謝罪しに向かうところなのですが、陛下の容態が芳しくなく、薬を、と仰られたので、代わりに貴方に薬を届けていただこうと。お願いできますか?」
「ええ、勿論。では早速」
「はい、お願いいたします」
ラルートは分かれて直ぐに、ある軽装の男と話し、黄金に煌くそれを受け取った。
そしてそのまま、給仕に薬も貰わぬまま、自らの仕える国王の元へと向かった。
コンコン。
「失礼いたします。グルースト殿から申し付けられた薬を持ってまいりました」
「ああ…すまないが、そこへ置いといてくれ」
ラフォードは、相当辛いと見えて、ベッドでうつぶせに突っ伏していた。
背後に注意を向けられていないと確信したシュルトはニヤリと一笑いし、ゆっくりと王のもとへ歩を進める。
「給仕に申し付けまして、これはどの様な病にも効く薬でございます。服用すればたちどころに楽になります故」
そっと王の手前で立ち止まり、背後に隠し持つ短剣をスラリと抜いて大きく振りかざして…
「そうか、礼を言おう。…しかし、」
一気に振り下ろした。
ガキィンン…!
次の瞬間には、ラフォードは瞬時に振り向き、逆手に持った短剣でシュルトの振りかぶる短剣を受け止めた。
「…私は『薬』をと、頼んだはずだが?」
ラフォードは不敵に笑ってみせる。
「…くッ…!!」
シュルトが悔しげに歯を食いしばった次の瞬間。
…ドザッッ…!
呻き声もあげず、シュルトは静かにその場に倒れ込んだ。
「な、何やったんだ、ヴィフス?」
「これだ」
ヴィフスは左手薬指、まさに特別なものを着けるべき場所に。
「…何コレ」
「麻酔針だ」
別の意味でまさしく特別なものを着けていた。
「…へぇー」
間違えて握っちゃったりしないのかな。
何はともあれ、手に持つ短剣が動かぬ証拠となって、シュルトはお縄についた。
処置はあとでナフェスが決めるというので、ただの死刑より恐ろしいことになるだろうな、と思ったら、何のことは無い、ナフェスは王位継承権剥奪と、流刑という極めて軽い罪状でシュルトを辺境の地へ送ったのだった。
「なぁんだ、ああいう人には容赦しないと思ってたのに」
って言ったら、
「容赦をしたつもりはありませんが。いままで王位継承権に縋り付いて来た男が、いきなりその藁を切断され、殺されもせずに息もままならぬ激流の中に放り込まれるのです。これほど最適な処罰はないと思ったのですが」
やはりこれでは物足りないでしょうか、と思案顔をしてみせた。
ナフェス・リベスト。つくづく敵に回したくない。