ご機嫌斜めの姫には、甘い口づけを。
「ホント、スミマセンでした」
「…」
「なァ、機嫌直してくれよ〜;;」
「…」
キッチンにて、
ひたすら平謝りするサンジと、ひたすらだんまりを決め込む。
事の起こりは小半時前に遡る。
「し〜まが見えたぞ〜!!!」
約一ヶ月ぶりのその言葉に、食糧が尽きかけて精力も落ちていたクルー一同は、だれていた身体を起こして喜びを声にした。
すぐさま望遠鏡を取り出してウソップが前方を見ると、更に島の状況が見えてくる。
「結構でけェ島だ!無人島なんかじゃなく、ちゃんとした"街"だぜ!!」
「買い物出来るの!!?」
「良かった、久々にちゃんとした食糧が手に入るのね!」
「次は底つきねェようにしっかり買い足しておかにゃァな」
「久々のメシ屋だー!!!」
「やっと酒が手に入るぜ」
「あ、新しい医学書手に入るかなァ〜!!?」
「私も、そろそろ新しい本が欲しいと思ってたところだわ」
「いよォし、野郎ども!!取り舵一杯、碇をおろせー!!!」
ルフィの号令で速度を増したメリー号は、数分後、島の一角に碇を下ろした。
は真っ先に地面に降り立つと、約一ヶ月ぶりのしっかりとした大地の感触に感動した。
「わぁ〜!揺れない地面だー!!」
思わずその場で大の字に横たわりたくなってくる。
船番のチョッパーを除いた六人も、ぞろぞろと降りてきた。
「いよっし!メシ屋だー!!」
「白チャート買ってこないと…」
「私は本屋へ行ってくるわ」
「新しい酒でも探しに行ってくるか」
「おれは、買い出しだな」
「私も特に行くとこないし、買い出し手伝うよ」
「そいやァおれも、生卵切れてたトコなんだよな」
そう言うと、各々散らばり、ウソップとサンジとは三人で買い出しに出かけた。
食料品店を探しつつ、面白そうな店を見つけては、特に買う気もないまま冷やかしに入ってみたりしながら、三人は徐々に街の中央へと入って行く。
「おっ、あの店ちょっと気にならねェか?」
「オイ、買い出しがあるんだ。モタクサしてっと置いてくぞ」
「あ、ねえ!あの店何だろ??行ってみない?」
「ちゃんが行きたいなら喜んで〜!!」
「ってオイ!!!」
「んだよ」
「それって明かなる差別じゃねーか!!」
「いいんだよ、ちゃんの選ぶ店は行く価値のあるトコだろうが、おめェの選ぶ店はねェトコだろうから」
「それが差別だっつってんだ!」
「おっ、あの店なんだろうな。後で行ってみるか」
「クラァ!!!」
そんな会話の後、結局三軒とも入るというやりとりを数十回繰り返し、ようやく一行は食料品店の集まる市場へ入った。
それまでより店の密度が高くなり、市場は活気に満ち満ちている。
客を呼び込むおじさんおばさんの声に呼び止められ、三人が買い出しモードへ入ろうとしたその時。
「…ん?」
サンジは店とは全く関係ない方向を向いていた。
「オイどうしたサン…」
ジ、と言う頃にウソップはサンジの視線の矛先を理解した。
いやでも、まさか、ねェ?
「お姉サマ〜!!」
例によって、目がハートである。
「ちょっ、オイ!サンジ!!」
仄かな期待を裏切って走って行ったサンジを必死で呼び止める。
仮にも自分の彼女の目の前で他の女めがけて走るか!??普通!!
いやもうアレは、本能というか、条件反射なんだろうか?
(パブロフの犬…)
呼び止めも聞かずに飛んで行ったサンジを呆然と眺めながら、そんな言葉を頭に思い浮かべていると、
ギュッ!
否、『ギチッッ』という音が正しいだろうか。握られるような感触がして…
「イデデデデデッッ!!!ちょ、っ!!鼻ハナはなッッ!!!鼻握りしめんなって!!!」
「…え、何?(怒)」
「…イエ、お好きなだけ、握りしめてくだサイ…(涙目)」
それまで静かに隣に立っていたが、無表情のままおれの鼻を鷲掴みにしていた。
いやむしろ、その無表情がこわいデす…
せめて怒った顔をしてくれ!!
罪のない被害者であるおれの助けを求める視線と、無言の怒りをあらわにするのそれに気づいたか、サンジがはっと我に返って大急ぎでこちらへ帰って来た。
「悪い、ちゃん!!つい、いつもの癖で…」
「…」
が俯き気味に表情を読み取らせないまま、静かにおれの鼻から手を離すと、そのまま手を下した。
あまりに静かに俯いているので、泣いているのかと思わずおれは心配になった。
だがやっと顔を上げたかと思うと、は泣いているどころか、ギンッッ!と不機嫌そのものな目つきでサンジを睨みつけ、
「…サンジの、クソアホエロコック!」
そう言い捨てると、すたすたと今来た道を戻り始めた。
「あっ、ちょっ…!待ってくれ、ちゃん!!」
それを見て、サンジはを慌てて追いかける。
それと同時に胸ポケットから何やら紙を取り出し書き留めると、投げやすいようにクシャクシャと丸め、修羅場の傍観を決め込んだおれに走り去り際に投げつけた。
おれが危うく取り落としそうになりながらそれをキャッチして、破かないよう気をつけながら開けてみると。
「なになに…『肉500kg、ジャガイモ100kg、キャベツ70kg…』…」
……。
「買ってこいってかァ!!?」
この量を!!?
ゼロ一個多くない!!??
ってか、なんでおれ様があいつらの喧嘩の尻拭いをしてやらなきゃならねェんだ!!
…ん?まだ続きがあるぞ…
なになに…
「…『…しばらく船には誰も入れるな』」
更にクルーを全員船に帰る前に捕まえろと!!?
人を便利屋か何かと勘違いしやがって!!
あのヤロー、こうなったらおれにも考えが…
「…おばちゃーん、荷台あるー?」
「荷台かい?この店にゃあないねェ」
とりあえずこれから急激に増える荷物を運ぶ算段をしなければならなかった。
そして、メリー号。
「ちゃァん、機嫌直してくれよ〜」
「…」
人の目も気にせず、ずかずかと歩くの後ろをサンジが大声で謝りながらついていくという、ずっとこの奇怪なやりとりを続けながらメリー号まで帰ってくると、予想より随分早い帰りの二人に気付いたチョッパーが、薬の調合をしていた倉庫から出てきた。
「おかえり、はやかっ…うおォッ!!?」
出てきて早々、鬼のような形相のの顔にチョッパーは震え上がった。
サンジは「船はいいからさっさと出てけ」と視線でチョッパーを追い出し、に続いてキッチンへ入る。
そんな二人にチョッパーは、なんだったんだ…と思いつつ、半分泣き顔で船を出たのだった。
一方、キッチン。
テーブルについて、むっつりと口を閉ざしたの向かいに座り、サンジは頭をテーブルにつけてひたすら謝り倒していた。
「悪かった!以後こんなことはないように気をつける!!」
「…」
「お願いだから、機嫌直してくれ!!」
「…」
何を言っても、だんまり。
どう言っても機嫌は直らなそうだと、とうとう悟って、サンジはどうしたもんかと思考を巡らせた。
こうなったら、モノで誘ってみるか。
そう思い立ってサンジはテーブルから立つと、自慢の腕をふるい、ものの十数分でドルチェを作った。
いつも以上に愛情をたっぷり込めた特製である。
「召し上がれ」との前に皿を出すと、は黙ったまま、フォークでぱくりと一口食べた。
こんなモノで釣られてたまるか、と目つきは依然として恐いままだが。
「…」
「ちゃん、口、緩んでる」
口は目ほどにモノを言う。
再びテーブルの向かいに座ったサンジに指摘される。
サンジ特製のスイーツにはの表情筋も敵わなかったらしい。
また表情を取り繕おうとするに、いくらか余裕が生まれたサンジは、のフォークを持っていない方の手を取ってキスを落とした。
「…っっ!!!」
はみるみる内に真っ赤になっていく。
その様子を上目遣いに覗きこんで、サンジは問いかけた。
「機嫌、直った?」
「…直ってないっっ!!」
「へェ、そう」
そう言うとサンジは、テーブルから身を乗り出して今度はの額に唇をつける。
顔を赤くしてぎゅっと目を瞑ったの、今度は瞼に、その次に頬、その次に唇。
段々下へ下がっていき、その次に…といこうとしたところで、首筋に向けられたサンジの唇は、の手によって抑え込まれた。
「…それ以上は、駄目」
「じゃあ、直った?」
「ゔ…」
まるで強迫だ。
いたずらっぽくニンマリと笑ったサンジの顔からが目を逸らそうとすると、顎を掴まれてそれを許してくれない。
恥ずかしさがピークに達したは、ぼそぼそと小さく声を絞り出した。
「…直、った」
その一言に満足そうに笑顔を深めたサンジは、今度は唇に長めのキスを落とした。
そして唇を離したと思うと、また意地悪そうににやりと笑う。
「…んじゃ次は、仲直り記念ってコトで」
「えっ、まさか、ちょっ、えー!!?」
結局、止める気はさらさら無かったのであった。
しばらく誰も戻らないメリー号に、の悲鳴だけが木霊した。