子猫






「お疲れ様です、閣下」

「報告書を明日までにまとめておけ。出来次第、確認する」

「はっ」

三日に渡る視察から帰り、久々に開いた自室の扉の先には、他人のベッドを我が物顔で占領する者の姿があった。

予想はしていたのでため息一つで済ませると、扉をパタンと閉めてベッドへ歩み寄る。

「グウェンのバカ」

開口一番に発せられたのがこの一言。

枕を抱きかかえてうつ伏せに寝転がるの隣に腰かけると、その黒い髪を撫でた。

「…私も行くって言ったのに」

ぼそりと呟いて顔を埋める。

事の発端は三日前。

出立の直前、視察についてくると言ったを宥めすかして置いていったのを不満に思っているのだ。

グウェンダルだって理由もなく同行を禁じたわけではない。行く時だってしっかりと理由を言い含めたはずだった。

「お前の容姿では目立ちすぎる。無暗に民の畏怖を駆りたてても面倒なことになるだけだ。それに、国内とはいえ、その黒目黒髪を狙う者が襲撃してこないとも限らんだろう。視察団という名目で動かす兵だけでは、到底護りきれんぞ」

「髪くらい染めればいいじゃない。私だって見た目のせいとはいえ、政治の一部に口を出さなきゃいけないこともあるんだし、国について知る権利と義務があるはずでしょう」

「ついてきたところで、お前は大人しくしていないだろう。好き勝手に動き回って新たな問題を作られては困る」

「大人しくしてるったら。ユーリじゃあるまいし」

遠くでくしゃみの音が聞こえる気がした。

しばらくそうしてにらめっこしていると、コンコンと数回、扉の外でノックの音がして「あの、閣下…」と控えめな声が続く。

グウェンダルが応答する間もなく、彼が部屋に人を入れることを良しとしないのをよく知っているが「どうぞ」と短く答えた。

言われた兵士は戸惑った様子で扉の前でどもっている。

「こういう事態は想定済みだからな。予めよく言い含めてある」

「なんだ、ざんねん」

そう言うとグウェンダルは扉へ歩み寄り、自らが外に出て二、三言話してから書類を受け取って戻ってくる。

ベッドでは、ごろんと寝返りをうったが不機嫌そうな顔をこちらへ向けていた。

この、不機嫌を隠さない表情でいる彼女を、兵士や給仕たちはよく子猫のようだと言っていた。

機嫌に応じて表情がころころと変わり、行動も自由気ままでどこへでも入り込んでしまう。

しかし、グウェンダルは今まで沢山の動物たちのなかで子猫も育ててきたが、どんな子猫だってこんな性格ではなかった、とつくづく思った。

不意にの方を見やると、枕の脇から覗く目と視線がぶつかる。

…それでも、出かけようとして呼び止める時と、そうして帰ってきた時の瞳は子猫そのものだ。

呼び止められた時の自分の心境も。

そう思うと、グウェンダルの口元が柔らかく緩んだ。


「…他の男の目に触れさせたくなかった、と言えば満足か?」


子猫を宥めるように優しい口調でそう言うと、はむくりと起き上がり、目線を同じ高さにして嬉しそうに笑って答えた。

「満足!」

さらにそのままグウェンダルの背中に倒れこんで頭をぐりぐりと押し付ける。

グウェンダルはその頭を撫でてやり、苦笑交じりにため息をついた。

「…まったく、やっかいな子猫を拾ってきてしまったものだ」






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うちの長男閣下が「グウェンどうしちゃったの!?」なことを仰っております;;
グウェンを甘要員にするとこうなる。
最近になってようやく長男の渋さにクラリときちゃった水乃ですw