崩れ去る平穏
SOS団の部室に正体不明の女子高生が来てから二日目。
嫌な予感は的中し、俺は折角の休日をベッドの上で潰すことを余儀なくされた。
仕方が無い。一週間の不足分の睡眠時間をこの際補おうと決めた時、下で何やら騒がしい声が聞こえた。
どうやら来客のようである。
「…――、……で…――」
ちょっと待て。この声には聞き覚えがあるぞ。
俺は自分の嫌な予感をどうにか振り払おうと、下の声に俺の持てる限りの聴力を総動員させた。
「…――なんだけど、キョン、いる?」
俺の嫌な予感はどんどん悪い方向へ現実となっていく。
タメな所を考えると、対応は、妹のようだ。
居ないと言ってくれ、頼むから。
「キョンくんなら、上で寝てますよ〜」
しかし、そんな俺の願いも虚しく、妹はすんなり兄の居場所を相手にバラしてしまった。
すぐに、大勢の人間の足音が聞こえてくる。
そしていつも学校で聞き慣れた、凄まじいドアの開ける音とともに、俺の平穏な休日は音を立てて崩れ去った。
「はあーい、キョン!元気〜?」
ベッドの上で横になっている人間に掛ける言葉か、それが。
学校に居る時と同じ様子で部屋にずかずか入ってきたハルヒの後ろには、新しく入った(入れさせられた)を含めたSOS団メンバー5人が勢ぞろいしていた。
というより、頭数が5人。
一人、二つダンボール箱を積み上げて持っている奴がいるので、顔が確認できないのだ。
おそらく、消去法でいくと古泉かな。
というか、古泉。俺と同じ境遇になりながら、お前は元気なのか。
「何しに来たんだ。わざわざ、人んちまで出向いて」
「勿論、SOS団の団員が体調崩したってんだから、お見舞いによ!」
お前達の場合、体調を崩させに来たようにしか思えないのだが。
そもそもどうやって俺の体調不良を聞きつけたんだ。
今回は運良く(俺にとっては悪いわけだが)俺だけだったが、古泉も風邪を引いたときはどうするつもりだったんだ?
「そしたら、どっちか引っ張ってって、もう片方の家へ行くのよ」
風邪引きをか。ふざけるな。
すると、積み上げられたダンボール箱がひとりでに(見た目からして)床上に降り、俺の予想通り、古泉のうっとうしいくらいの爽やかな笑みが出てきた。
「なんだ、そのダンボール箱は」
「リンゴですよ。来る途中、八百屋さんがあったんで、お土産にと涼宮さんが」
「その膨大な量をか」
「そうよ!」
俺んちを何人家族だと思っていやがるんだ。
ハルヒはいつも通り偉そうに胸を張っている。
説明を終えたところで、朝比奈さんとがそれぞれダンボール箱の蓋を開け始める。
「リンゴ剥かないとね。妹さん、包丁持ってきてくれる?」
「はーい」
に頼まれて、それまでダンボール箱をもの珍しそうに眺めていた妹が立ち上がる。
嬉々とした表情のハルヒを見て、ふと俺は思うところがあったので、その旨を一番答えを聞き出しやすい古泉に聞いてみた。
「まさか、これもハルヒが望んだから、とでも言うんじゃないだろうな」
「その可能性も無いとは言い切れませんね。現に僕はなんともありませんし」
とうとう病原菌にまで成り果てたか。
階段をぱたぱたと上る音がして、妹がわざわざ家にあるだけの包丁を持って帰ってきた。
そのまま妹は全員に配分する。
全員に剥かせるつもりなのか、妹よ。
と朝比奈さんがリンゴを配分し、全員に行き渡った所で、リンゴの皮むき大会が始まった。
まずハルヒは、普通にリンゴの皮を手際よく剥いていた。
剥き終わったところで満足気に溜息をついたが、次の瞬間、隣の長門を見てすぐにもう一つリンゴを取り出した。
その長門はというと、何処で学習したのか、赤い皮を適当に残し、カッティングして、かの有名なウサギ型を作り上げていた。
それも、かなりのハイスピードで。
ハルヒはそれに負けじと剥き始めたわけである。
その背後では朝比奈さんがまた例のごとく、困ったように声をあげながら、身が三分の一は無くなったのではというリンゴを持っている。
古泉も予想に反して、困ったように笑いながら、殆ど朝比奈さんと同じ結果のようだった。
まあ、七夕の時もそんな感じだったので、その時ほど意外性は感じなかったが。
は、ハルヒと同じく長門をみた後に、赤い皮と身と、ある物を持っていた。
その「物」には、「アラ○ック」の文字。
ちょっと待て。それはくっ付かないと思うぞ、っていうか食いモンに使うな。
「、それじゃキョンが食べられないじゃない」
珍しくハルヒが正論を吐くかと思った直後、ハルヒが手に取ったのは、
「セメ○イン」。
「これなら大丈夫よ」
「あ、そっか」
いやいやいやいや、待て。それも食えるか。というか俺に食わせるのか。
しかも、はそこで納得するな。俺は普通の人間だ。
今にもその白い物体が容器から出んとしていた時、すんでの所でようやく俺はハルヒの手からその「セメ○イン」を奪い取った。
「何すんのよ」
むっとした様子でこちらを睨めつけている。
何するはこっちの台詞だ。
最近食中毒とか問題になってんだろーが。それと同等だぞ、オイ。
というか、被害予定者の目の前でとは、随分とオープンだな。
「何いってんのよ、あれは農薬とかそんなもんでしょ。セメ○インはそんなんじゃないわ」
確かに、それ以上かもな。
そんなこんなで計5人が遅いにしろ速いにしろ、それぞれのペースで剥いたリンゴは、山になるかと思われた。いや、実質はそれ位剥いたはずだ。
しかし今俺の目の前にそれほど山になっていないのは、妹が片っ端から消費している所にある。
良く食うな、お前は。
「このリンゴ、美味しいよ、キョンくん」
食べないの?と妹は訊いてきたが、先ほどあんな物を見た手前、食欲は殆ど失せていた。
お前一人で食っていいぞ、と言ったが、そろそろ妹の腹も満ちてきたようで、だんだん本格的に山になりかけていた。
俺は危機感を覚えたので、大急ぎで全員を止めた。
中でも止めるのがやっかいだったのが、長門である。
機械のように手際よく剥いていて、楽しみを感じたのか、なかなか止めようとせず、むしろ無心になって心ここにあらず、といった感じだったので、我に返らせるのに一苦労だったのだ。
地道な作業に楽しみを感じると、人間、無心になることがあるだろう?そんな感じだ。
なんならダンボール一箱やろうか、と訊くと、微妙な角度で頷いたので、一箱やることにした。
正直言って、助かった。
でも剥いた後は食えよ。食べモンは粗末にしちゃいかん。
そうとも言っておくと、また頷いていた。
一通りリンゴを剥いて気が済んだだろ、ということで、俺はハルヒ以下一同を家の外に放り出し、抗議の声が聞こえた気もするが、これで安静に出来る、と残り少ない休日をベッドで過ごす事に成功したのである。
これでいいのか、俺の休日。