またね






重い扉が音を立てて開き、新たな訪問者を迎え入れる。

静かな空間に響く足音が中央あたりまでくると、祭壇に一つ人影が増えた。

「よく来たな、。待っていたぞ」

「余程暇なようだからね」

私が部屋の中央で止まると、彼は手招きをして歩を促す。

仕方なく歩み寄って祭壇の段差に座った。

「どうした、随分久しいじゃないか」

「別に、私が来なくてもその気になれば好みの女の子を幾らでも侍らせられるでしょ?」

いくら一般人の出入りを禁ずる眞王廟といえども、眞王本人が望んだとなれば女性の10人や20人を中に入らせることが出来ない訳がない。

それなのに、彼はことあるごとに私を呼んだ。気まぐれで来るかどうかも分からないのに。

私が返すと、彼は愉快そうに喉を鳴らした。

「嫉妬か、居もしない相手に?」

「自分に都合が良いように解釈するのが得意ね」

「そうか?俺にはそうとしか聴こえなかったが」

そうだったかもしれない。

だが、自分の言った言葉を反芻してその意味を考え直す気にはなれなかった。

私を見下ろす形で立っていた彼が、私の隣に座った。互いに相手の顔でなく、真っ直ぐ前を向いて。

「…お前は特別だ」

不意に口を開いた彼のその言葉に、自嘲気味な台詞が漏れた。

「双黒だからね」

「確かに、黒は俺が好きな色だ。だが、お前の黒は、他のどの黒とも違う」

そう言うと、彼はこちらを向いて肩に掛かった私の髪を掬った。

「大賢者の人を引き込むような深みとも違う、もっと澄んで曇りのない透き通る闇の色。


…俺は他のどの黒よりも、の『黒』が好きだ」


香りでも確かめるように顔の方に引き寄せる。

その言葉と仕草で、どこかにあった突っ張ってきたところの糸がぷつんと音を立てて切れた。

深く息を吐いて身体を隣に凭れる。

不意に、いつも此処を訪れる自分と同じ色を持つ『彼』を思い出した。

冗談混じりに頭に浮かんだことを漏らす。

「…何でこれで麗しの大賢者殿が靡かないのか、本当に疑問だわ」

まあ、それ以前に同性に興味があるとは考えがたいが。

「何故?あいつとは普通に接して普通に話しているだけだ、ときめくはずがないだろう」

「あなたの場合、話す言葉一つ一つが口説き文句なんですー」

無自覚なんだからタチが悪い。天性のたらしというやつだ。

しかし本人にその気がないのだから、言ったところでどうしようもない。

「まあいいや。それじゃ今日のところはこれで」

「何だ、ろくに話もしていないのに、もう帰るのか?もう少しゆっくりしていけ」

立ち上がろうとすると、手首を掴まれた。

それをやんわりと振りほどいて彼に背を向け、扉へと向かう。

「私もあなたが思うほど暇じゃないのよ。また暇があったら来るようにするから。手土産でも持参して。

…前より頻繁にね」

そう言うと、顔を見てもいないのに、彼が笑った気がした。

「…そうか。では、待っているとしよう」



出口を抜けて、廟を出たところで立ち止まる。

肺の奥まで空気を吸って、小さく「またね」と呟いた。