目薬〜柳ver.
放課後。
誰もいない3年6組の教室で一人私は俯いていた。
目に一杯水滴を溜めて。
授業後先生に呼び出されて、放課後こってり絞られた後、教員室からまっすぐにここに戻ってきた。
涙腺が緩みかけた目を誰にも見られたくなくて出来るだけ早足で歩いた。
そうして扉をあけた教室は静かに夕日を浴びていて。
誰もいない教室で私は声も上げずに泣いていた。
(馬鹿だなぁ…今時先生に怒られたくらいで泣いてるなんて)
恐かったとかそういう感情でじゃない。ただなんとなく、怒られている自分が情けなくて泣いてしまう感じ。
昔から涙腺は緩みやすい方だった。
映画を見れば始まる前の予告編ですら目がうるんでしまい、本を貸してもらえば友人に「どこが!?」と驚かれるような所で泣いてしまう。
(…帰りたくない…)
泣きはらした顔を誰にも見られたくなかった。
少しでも涙を止めようと天井を仰いで、オレンジ色に染まった蛍光灯を眺めた。
カラリ。
扉の開く軽い音がして、はぎくりとしながら音のした方を見た。
「…さん?」
「あ…柳君。…どうしたの?」
「いえ、教室に人影が見えたので…どうかしたんですか?」
その目、と言われては慌てて目を拭った。
「いや、ちょっと目薬差してたらティッシュ忘れちゃって」
あはは、と笑ってごまかす。
情けない。
先生に怒られたくらいで泣いていたということを隠したくて嘘をついたら、更に分かりやすい嘘をついて情けなくなる。
(どこまで馬鹿なんだろう、私)
そう落ち込んでいると、柳君はごそごそと鞄を探って私の目の前にティッシュを差し出してくれた。
「どうぞ」
「あ、ありがとう」
(本当に信じちゃったのかな?)
一枚だけ抜き取って返そうとすると、出した手をやんわりと押し返される。
「差し上げますよ。一枚じゃ足りないでしょう?」
「…ありがとう」
「いえ」
やっぱり、気付いてたんだ。
にっこり笑ってくれると私もなんだか落ち着いた。
「…隣、いいですか?」
「うん」
そう言うと柳君は私の隣の席の椅子を引いて座った。
しばらく二人して黙っていたけれど、嫌な沈黙ではなかった。
斜めから差し込む夕陽がきらきら輝いて見える。
二つの並んだ影は時間の経過とともにすっかり伸びていた。
「…私ね、今日先生に怒られて、それで泣いてたの」
不意に私が話し始めると、柳君は静かにこちらを向いて耳を傾けてくれた。
「昔から涙もろくて、友達からは『いい加減高校生なんだから』って言われちゃうんだけど、喧嘩したときとか、告白して振られちゃったときとかすぐにここにきて泣いちゃうの」
「…さんを振っちゃう人なんているんですか?」
「いるよぉ、そりゃ勿論」
私なんかだったら、きっと沢山。
そう答えると、柳君はそんなことないですよ、と言ってくれた。
「そんなこと言ったら、柳君なんか振られたこと無さそう」
「僕なんて振られてばっかりですよ」
「そうかなぁ、柳君のこと好きな人沢山いるよ。きっと」
「ありがとうございます」
振られてばっかり、と困ったように眉尻を下げて笑う柳君はとても可愛くて、とてもそういう風には見えない。
あ、可愛いってのは良くないかな、男子に対して。
「…柳君はさ、いるの?好きな人」
興味本位で訊いてみた。
だって、こんなにもカッコ良くて女の子から人気がある彼がどんな人を好きになるか気になったから。
柳君は嫌そうな顔もせず、笑顔のまま答えてくれた。
「いますよ」
簡潔な一言に私は予期せず胸がどきり、と鳴った。
…どうしてだろう?
柳君に好きな人がいたら私はショックなのだろうか。
「…どんな人?」
そう訊くと柳君は、んー、と少し考えてからぽつりぽつりと話し始めた。
「放課後図書室の帰りに教室の前を通りかかるといつも一人だけ残ってて、どうしたのかな、と思ったら静かに泣いてるんです。
人のいない教室で一人、寂しそうに泣いてて。涙を拭うこともせずに」
「…それって、」
「その子に渡してあげようと思っていつもティッシュを持ち歩くようになったけどなかなか渡すことができずにいて。
今日やっと渡せたんです」
そういうと柳君はこちらを向いてにこりと笑った。
私は恥ずかしくなって目線を柳君から前に移した。
「…そんなに泣いてないもん」
「泣いてますよ」
「……ありがとう」
「はい」
私がゆっくり横を向くと、ずっと一定間隔に離れていた二つの影が静かにくっついた。
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井浦ver.とシリーズで書いてみた柳ver.。
水乃もなんでもないことですぐ泣くタイプです。
こないだホントに映画の予告だけでうるっと来てしまった;;
水乃の中では柳くんはやるときはやるイメージだったはずなのに、なぜかティッシュが渡すに渡せないへたれになってしまった;;
柳くんの一人称ってなんだったっけ!!?と思って本家に行って探してみたら、案の定なかなか一人称を使っていなかった。
やっとこさ初登場の回で「僕」と発覚。
ちなみに目薬がテーマになっちゃったのは水乃が現在進行形で目薬使っているからだったり。(結膜炎だってさ(くすん;;))