桃の節句





「ひなまつりやるわよ!」

と高らかに宣言してから五分。

扉の前にふんぞり返っているハルヒを省いたSOS団員全員が、ダンボール箱から人形を取り出し、曖昧な記憶を頼りに設置している。

この狭い部室のどこに置くんだ、という質問に、「部室の最奥の真ん中に置けばいい」と答えたハルヒの要望に応えるべく、中央に置かれた机を全て出口側に寄せたので、部屋を出る際には不都合この上ない。

「私は人形の置く場所分かんないし、バランス見なきゃいけないから遠くから見てるわ」

そう取り掛かる直前に言って、ハルヒはその人一人立てるかというスレスレの扉と机の間に腕組して偉そうに突っ立ってしまった。

1セット丸々持ってくるくらいのやる気があるんなら、置き方ぐらい勉強してこいってんだ。



現在俺は、人形の中で最高齢と思われるジイサンとにらみ合っている。

年上の方が位は高いんだよな?日本文化では確か右側を上手と言ったはずだが。

定期テスト赤点ラインすれすれの乏しい知識を寄せ集めてはいるものの、なかなか結論が出ない。

「雛人形は、右側に座る人の方が位が高いんですよ」

俺の悩みを汲み取った古泉が言った。

分かってるとも、俺だって今そう思っていたところだ。ただ少し決断力が欠けていただけで。

そもそもこれは女子の行事だろ。男の俺がひな壇を飾り付けた経験なんて、妹がまだかなり小さい頃に母親に無理矢理やらされた頃くらいのものだ。最近は妹が率先してやるから俺にお鉢は回ってこなくなったしな。

高校生男子の知識といったら、この程度のもんだ。それをそこまで覚えているとすれば、古泉の奴、案外今でも自分でひな壇の飾り付けを律儀にやってるとか?

「いえ、僕も最近はひなまつりという行事に参加することはありませんね。でもこれは日本文化のあらわれですから、それなりの知識があれば正しく設置することができますよ」

何だ、それは暗に俺には日本人的常識が欠けていると言いたいのか?

「とんでもありません。実際、左側を上級とする文化もありますし、人の常識範囲及び分野には個人差がありますから」

そう言いながら、ジイサンと対になる男の人形を取り出し、設置する。

それにしても達は結構楽しそうに並べている。長門も無表情ながら楽しさが窺える気がする。やっぱり女子なんだな。

朝比奈さんは家でもやってそうだな。未来にはあるのだろうか。

わいわい楽しそうに並べている女子陣を目を細めて眺めていると、それまでひたすらもっと右、左、と人形の位置の命令ばかりしていたハルヒが、またとんでもないことを言い出した。

「高価なものを誤って壊してしまうというのが、ドジッ子の最たる例よね。みくるちゃん、いい機会よ。やっちゃいなさい!」

「ふえっ!!?そ、そんな…に、人形さんを…ですか??」

「そうよ!安心しなさい、責任は私がとるわ」

そりゃ表向き責任者はお前だからな。しかし実質苦情を言われるのは俺等なんだが。コイツに面と向かって文句を言える奴がいたら是非ともお目にかかりたいね。

あたふた俺やら長門やらやら古泉やらを見回して助けを求める朝比奈さん。

どうせそこの二人はハルヒに諫言なんかしないか、できないだろうし、はどうだろうな。まあ、期待はしないでおこう。

そういうわけでいつものように俺が助けるしかない。

「お前な、どう責任とるつもりなんだ?高校生一人でとれるような軽いもんじゃないだろ。雛人形一つの価値ってなハンパないぞ。それに、これ以上岡部に心労かけてみろ。今に総白髪になるぜ」

どう言えばいいもんだろうな。あんまりただ「止めろ」というとむきになってもっとやろうとするし、生半可なことじゃ納得しやしない。ただ一つ言っておこう。担任の白髪姿ははっきり言って、見たくない。

猛攻撃されるだろうと身構えていた俺だが、意外にもあっさりとハルヒは引き下がった。

「…ふん、まあいいわ。それで願いが届かなくなっても嫌だし」

…願い?ひなまつりは願い事をする行事だっただろうか。

「何言ってんの。ひな壇飾らないと嫁に行き遅れるとかいうけど結婚なんかどうでもいいから、かわりに何か叶えてもらうのよ。七夕と違ってお雛様たちって、言うなれば幽霊でしょ?願えばすぐに叶えられるハズよ。ほらみんな、つよーく念じておきなさい!」

傲慢もいいトコだな。

俺が溜息つく脇では、宇宙人未来人超能力者が深刻な顔をしている。宇宙人は傍目には表情の変化は窺えないが。

またハルヒがろくでもない事を念じでもして、叶いでもすればまた対処に追われるだろうからな。いや、むしろ対処するヒマもなく世界が終わるかもしれない。



ひな壇飾りを終えた俺達は、本日読書をしていない長門の代わりにハルヒの終了宣言によって帰路につくことになった。

学校を出ると、やはりすぐに大真面目な顔をした古泉が話しかけてくる。

「これは、かなりヤバイことになりましたね」

七夕の時とは訳が違うのか。

「ええ。涼宮さんの言ったとおり、今回は時間差を考えずに願い事が出来ます。実際問題はどうだか分かりませんが、少なくとも彼女自身はそう考えている。つまり現実世界への影響もダイレクトなものと予想されます」

まあ、何が言いたいのかは良く分かる。だから少しその脳味噌を刺激する演説を控えろ。

しかし、言っても止める様子はない。今に始まったことではないが。

「七夕の時は『世界が自分を中心にまわるようにせよ』とかでしたね。今回もそのような願いだったとすると、対処におえない事態になりかねませんね。それに、考えたくはありませんが、それ以上ということもある」

あいつの最終的望みはなんなんだ?

「さてね。僕ごときでは彼女の考えを理解するのは到底不可能です。むしろ、あなたのほうが涼宮さんの考えを読み取れる可能性は高いんじゃありませんか?」

それは俺がアイツの考えに染まってきていると言いたいのか?

「どうでしょう。しかし、約一年間殆ど毎日接してきたわけですから、入学当時よりは遥かに理解度は高まっていると思われますね」

実に不愉快この上ないわけだが。

「しかし、願い事が分からないのでは、対処のしようがありません。困りましたね」

なら、数日黙って様子を見ればいいだろう。何も起こらない確率も、無いとはいえまい。

「確かに、今はそうするしか手がないかもしれませんね。あとで朝比奈さんや長門さんにも聞いてみましょう。さんは、なにか知っていそうですか?」

望み薄だな。元の世界では普通に暮らしていたらしいし。少なくとも本人の中では。

何も知らないで言うのもなんだが、緊急事態における俺や朝比奈さん程の役立たずレベルかもしれないな。

そういうと、古泉は困ったように肩をすくめた。

分岐点にさしかかる。俺達はそれぞれの家への道をとり、別れた。





数日、というまでもなかったな。変化は翌日に出た。

いつものように支度をして通学バッグを抱えて家から出たと思うと、そこには見慣れない風景が広がっていた。

ビル、雑踏、高速で走り抜ける車。

…俺ん家って、こんな大都会のど真ん中に建ってたっけな?



ドコだ、ココ。






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ヤバイ。「桃の節句」のはずが、現在日付、3月31日。
「涼宮ハルヒの戸惑」の誘惑に勝てず…!!スミマセン;;
なんか古泉とキョンの接触率が高いのは気のせいですか?
そしてヒロインのくせに出張らないのも気のせいですか??
気のせいじゃないよなぁ…;;
いやしかし、これからどうにかします!!多分。(望み薄。)