お年頃?





ジリリリ…

「…うっせーよ…」

バシッ、とがなりたてる目覚まし時計を乱暴に止めて、仕方なしに上半身を起こす。

目覚ましの粗暴な音に、意識が半分程度呼び覚まされ重い瞼を押し上げると、眩しいくらいの日差しが瞳孔の開ききった目に突き刺さる。

寝ぼけ眼でそのままそこら辺の服をひっ掴み、足元に投げやって着替え始めようとすると、どこからか軽い足音が聞こえてきて…

バンッッ!!

いきなり開け放たれた!

俺が無遠慮なその音に驚いてそちらを向くと、笑顔で入り口から身を乗り出す青子が。

そのサプライズに俺はまだ眠っていた筈の意識が完璧に覚醒する。

「快斗、起きたぁ??」

青子の方はそこまで言って、ようやく部屋の中の状況に気付いた様子。

たっぷり10秒くらい動きが停止してからこの上なく甲高い悲鳴をあげた。

「きゃあぁぁぁ!!快斗のバカアァァ!!!」

「オイッ、勝手に人の部屋に入っといてバカって…」

「おばさまぁ、快斗がっっ!!」

「母さん呼ぶなって!!」


そんな一悶着の後、ようやく着替え終わって俺が二人のいるリビングに降りると、青子が母さんに慰められているという図を目の当たりにした。

両手で顔を覆う青子に、母さんはよしよし、と子供を慰めるが如く青子の頭を撫でている。

「あら、来たわね色男」

母さんは、俺が部屋に入るのを確認すると、すぐさま意地悪げに笑って茶化した。

「だからそれは青子がノックもせず部屋に入ってきたからで〜!…つーか、今更幼馴染見て悲鳴あげんなよ」

「仕方ないじゃない、青子ちゃんもお年頃になったのよね?」

ショックで顔を上げられない青子に返事を要求するでもなくそう話しかける。

お年頃という言葉でふと思い付いたのか、母さんはいきなり高校生にするには些か遅めな質問を持ち出した。

「そうねぇ、青子ちゃんもそろそろ好きな人がいるお年頃かしら?」

「へっっ!?」

突拍子もない質問に、青子はショックも忘れて顔を上げる。

俺はギクリ、として、平静を装うべくそっぽを向いて憎まれ口をたたいた。

「けっ、こーんなお子様に好きな奴なんて出来るかよ」

青子はいつもみたくカチンときた様子で、反論した。

「青子だって居るに決まってるでしょ!!」

その言葉に母さんはすかさず乗ってくる。

「あら、やっぱり!どんな子??」

一瞬しまった、という顔をしてから青子は初めはどぎまぎしつつ、話し始めた。

「えっと、ろくでなしで、すっごい意地悪で…」

青子は目線を上にやって、記憶を辿るようにして罵詈雑言を並べる。

それを、母さんは嬉々として、俺は予期せぬ情報に該当人物を探すべく無関心を装いながら、聞き入った。

次第に青子はボキャブラリーが減ってきたのか、悪口よりも抽象的なデータを並べるようになった。

「…クラスが一緒になることもあって、班もたまに…」

「いいわねぇ、学校はずっと一緒?」

「もう、小学校の前からずーっと一緒です」

「あらそうなの」

誰だ!?

俺は脳内のアルバムを捲ってみる。

青子とずっと一緒ってことは、俺とも一緒だから、あいつに、あいつと、あいつもか…

小学校までは振り返れるが、その前となると、流石に不確かになってきて、俺は一人頭を悩ませた。

母さんは俺の脳内などお見通し、とでもいうかの如くにこやかにサラリと言ってのけた。

「快斗、アルバムなら部屋の押し入れの奥よ」

「サンキュ…って、別にアルバムなんか用ねーよっ」

「あらそう?」

立ち上がりかけて、慌てて誤魔化す。

青子は俺達の会話の意図を汲み取れず、一人首をかしげた。

母さんはニンマリ笑って青子に向き直る。

「じゃあ、青子ちゃんはそのX君のことが好きだと」

「あ、改めてそう言われると…」

青子があまりに真っ赤になってそう言うものだから、俺はその正体の知れぬ『X君』にただただ嫉妬の炎を燃やすばかり。

見るまに不機嫌になっていく俺を見て、母さんは青子に何やら耳打ちをして見せる。

「…何だよ」

「別に?男の子には関係のないお話よv」

上機嫌な母さんの隣で青子は更に真っ赤になっていた。

「…男だから女だからって、いちいち区別しすぎじゃねぇ?」

ぶすっとそう言い捨てると、母さんはいかにも心外そうに答えた。

「あら、じゃあなた洋服の話とかお化粧の話とかについていけるの?」

「いや、それは…」

流石に、と言い淀むのを見て母さんは満足げ。

「そういうコトなのよ。男の子には入って来れないお話」

そう締め括ると、もう少し紳士になって女性についてもっと理解できるようになったら教えてあげるわよ、と澄まし顔で茶をすすった。

「そういう訳だから、もう少し辛抱してあげてね、青子ちゃん」

「だから、なんで青子に言うんだって」

「それが分からないんじゃあ、まだまだ教えられないわねぇ」

「はぁ?」

「青子ちゃん、今日のところはこのお子様は置いといて、二人でお菓子でも作らない」

「ちょ…母さんっ!!」

「お菓子…ですか?」

「そう!こないだケーキを作るキット買ってみたんだけど、一人じゃつまらないから」

「わぁ、面白そう!」

こうしてすっかり元気を取り戻した青子と俺を完璧にあしらった母さんの二人は俺の存在に目もくれずキッチンで盛り上がるのだった。



…つーか俺、ただ着替えてただけで、ひどい扱われようじゃねぇ??





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