青子を一目見て、そのまま好きになったことを良く覚えてる。
時計台の下で、おやじさんを待ってるその顔が寂しそうで…なんとか笑わせてやらなきゃって、そう思った。
俺がマジックを見せると、青子はその度に笑顔になる。
その笑顔を見るたびに、俺はもっと上手くなりたい、青子を喜ばせたいって思った。
親父が死んだとき、おふくろも葬儀の支度とかで忙しくて、俺は仕方なく一人で居ることが多かった。
そんな時、泣きそうになった時はいつも青子が傍に居てくれたと思う。
青子は俺に会うなり顔をくしゃくしゃにして、息子である俺よりも早く、思い切り泣いて。
それにつられて俺も思い切り泣いた。
そしてしまいには、二人で泣きつかれて眠っていた。
青子の無邪気な笑顔は、いつも俺を照らしてくれた。
俺の…一番大切な人。
キッドの最後の仕事、パンドラを見つけ、それを組織の前で廃棄した日の夜、俺はキッドとして、青子に別れを告げに行った。
『いままで貴女に、多くのご迷惑をお掛けしましたこの怪盗めを、どうかお許し下さい』
そう精一杯紳士的に言って、青子の手を取り、口付けを落としてから俺は立ち去った。
俺は――キッドは、いつも青子に辛い思いをさせた。
おやじさんを振り回し、暇を減らして、青子はいつも寂しい思いをした。
それも…もう終わる。
『俺、実はキッドなんだ』
そう言ったとき、俺は青子の顔を見ることが出来なかった。
覚悟が、信念が崩れてしまいそうで。
自首するのも忘れて、溢れそうな想いで青子を抱きしめてしまいそうだったから。
さんざん青子に辛い思いさせといて、頼めることではないけれど、俺は一つだけ青子に頼みごとをした。
「明日一日だけ、普通に学校に行かせてほしい」
最後の高校生活に、最後の青子との日常に未練を残さないように。
放課後、二人並んで歩いていると青子が「手を繋ごう」って言った。
小学生以来、照れくさくなってやったためしがなかったけど、俺は手を差し出した。
繋いだ手から、青子の体温が伝わる。
夕焼けが眩しく、もの寂しげに街並を照らした。
家に帰ると、母さんが玄関で出迎えてくれた。
「快斗…今日、言うのね」
「ごめんな、母さんにもいろいろ迷惑かけるけど」
「母さんのことは気にしなくていいのよ。快斗がよければそれで」
靴を脱いで直ぐに俺は部屋に戻った。
俺は部屋の電気もつけずに、鳩を出している親父の写真を見詰めた。
親父の後を継いで組織と対峙し、パンドラを見つけ出して決着をつけた。
童話は確か、箱を開けると人間の煩悩が飛び出し、人間たちを絶望へと導くというもの。
「俺も開けちまったのかな…パンドラの箱…」
こうなることは覚悟していた。
もとより、自分で選んだ道だ。
ただ、俺のただ一つの心残りは…
「青子…」
『快斗っ!』
笑顔で自分の名を呼ぶ。
今でも鮮明に思い出せる声。
泣き虫で、そのくせ意地っ張りでガキっぽい。
父親の敵であるキッドにはひたすら闘志を燃やす、純粋で健気な少女。
「…俺がいなくなってからも、泣くんじゃねーぞ?青子…」
青子が泣きそうなときは、いつも自分があやしてやった。
今日はけじめをつけに行ったハズなのに。
「…情けねーな、こんなカッコ…」
泣いている青子をあやす自分が、泣いてはいけないと、父親が死んで以来封印した涙。
それが今、一筋の雫となって月光の下に静かに輝いた。
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KOH+の「最愛」を聴いて衝動的に書きました。
なるべく歌詞にそって切なく書こう、と思ったんですが、水乃の文才ではそれも叶わず…
あんま切なくないかな;;
青子の方は感情移入してどんどん書いたんですが、快斗の方がなかなか難しくて;;あんまり納得できない出来ですが;;
皆さんご存知のとおり、パンドラの箱には最後には希望が残ってる、という話のはずですが、ここは切ない終わりがいいなぁ、と思って切なく締めました。
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