眞魔国でもバレンタイン!?
「しっぶっやっくん!」
「は、はい?」
「今日が何日かなんて、知らないはずないよな?」
「え、14日だろ。一昨日おれ日直でさぁ」
「またそういうつまんないボケかましてー」
「わぁかってるよ、バレンタインだろ?バレンタイン。彼女いない歴=年齢の寂しい野球少年にそういうこと言わせんなって」
「何言ってんだよ渋谷。君は十分モテモテじゃないか。きっとものすごく大量なチョコの山を貰えると思うよー?」
「…それって、おい、まさか」
「というわけで、『開催!眞魔国でもバレンタイン!?』」
「やっぱりいぃー!!」
そしてココ、眞魔国血盟城会議室。
「ばれんたいんだと?」
「そうだよ」
例のごとく、王佐に三兄弟といういつもの面子を机につかせ、お誕生日席に陣取って突っ立っているダイケンジャーこと村田健が偉そうにタイトルを発表した。
それぞれヴォルフラムとギュンターは頭をひねり、コンラッドは「ああ、あれね」という顔つきで、なぜかグウェンダルは一人げっそりと机に突っ伏している。
「はて、ばれんたいん、とは如何なるものなのでしょうか」
「まあ、手っ取り早く言うと、男性が大切な人に贈り物をする日かな〜。日本ではチョコが主流だけど」
「俺も知ってますよ。こう、手渡すときの男女が照れくさそうにしているのが見ていて微笑ましいですよね」
「ち、ちょっと待て、今の『ちょこ』とやらも何なんだ。花か何かか?」
「いや、お菓子だよ。黒っぽい固形のもので、アーモンドとかクランチとかあるけど、最近は生とかも流行ってるよね〜」
「あぁ、地球では菓子も黒なのですね。なんと素晴らしい…」
…と。話が進んでいたが。
「ちょっと村田!いろいろ聞きたいことがあるんですケド」
積もり積もった疑問に耐え切れずに、それまで黙って村田の演説を聴いていたおれも口を開く。
「はいはい、何かな〜」
「まず、なんでいきなりわざわざ眞魔国まできてバレンタインをする気になったのか。
次に、バレンタインは女子が男子にチョコをあげるイベントだろ?あー、確かに最近は同性同士での渡しあいもあるみたいだけど。
最後に、やるとしてチョコはどうすんだよ?話を聞く限りでは眞魔国には無いみたいじゃんか」
ムラケンは小学校の先生よろしく頭を大げさに上下させて答えた。
「うん、いい質問だ。では一つ目から。理由は至極簡単。僕もチョコが欲しいから」
「からって、お前」
ある意味予想通りの答えに脱力。
「いや〜、認めちゃうけどさ、あっちじゃとても貰えそうにないんだよね」
「いい、いうな。貰えないヤツの寂しさはおれが一番良く知ってるって」
終いにはなぜか、あっけらかんと白状する村田より涙腺が弛んでしまった。
「でね、渋谷、知らないようだから言っておくけど、バレンタインは欧米のほうでは男性が女性にプレゼントするんだよ?むしろ女性が男性にプレゼントあげるのは日本くらいなんだから」
「え、そうなのか。いやでも、欧米式にする必要はないだろ」
「だってここで日本式にしたら、くれる女子の数が限られてくるじゃないか。明らかに男子比率のが高いんだし」
「まあそうだけどー」
「それと、チョコに関しても無問題。ちゃあんと秘密兵器を用意してあるよ」
「ひ、秘密兵器?」
たらららったらーん、と口真似して村田が取り出してみせたのは、ドコに置いていたのかというような大きさの箱だった。
「まどーりょーりせーぞーき・なんでもつくっちゃえくん!」
フォンカーベルニコフ印、発動。
「いやいやいや、さすがに食べ物は止めとこうよ!」
急いで止めようとするが、ムラケンは自信満々に答えた。
「だーい丈夫ですよお客さん。この『なんでもつくっちゃえくん』は僕監修の大賢者認定商品!
さらに!毒見はフォンカーベルニコフ卿の発明品店『女王様の着想』で管理責任者というフォンヴォルテール卿自らによって行われ、安全性も太鼓判!」
「グウェン、そんな職に就いてたんだ…
てか、毒見したのかよ!?」
「…何やら…奇妙な甘ったるい毒の味が…」
「いやそれ、多分チョコの味じゃねーかな…ってか、味見役からGOサイン出てないんですけど」
突っ伏した顔を持ち上げると、隈と乱れた前髪が何とも哀れなフォンヴォルテール卿が。
なるほど、それでさっきからげっそりしてたのか。眉間の皺もいつもの三割増しだ。
「ってことで、厨房へレッツゴー!」
意外と冷たい眼鏡君は、憔悴しきったフォンヴォルテール卿を尻目に、アニシナさん作魔動装置をコンラッドに抱えさせて会議室を後にした。
「やっぱりおれ達も作るのか〜」
「何言ってんのさ渋谷、眞魔国のバレンタインは男がチョコを渡すことになったんだよー?僕らはれっきとした男じゃないか」
「それだって、お前がそんなこと言わなければこんなことには…」
「はい、口を動かす前に手を動かす」
「さらっと流すな!」
厨房では、先程会議室を陣取っていた面々が各々の場所を陣取り、思い思いのチョコを作っていた。
瀕死の状態だったグウェンダルも先程ようやく回復して、今ではアニシナさんの魔動装置におっかなびっくり材料を入れてチョコ作りに専念していた。
おれと村田はお互い隣あわせで作っていたのだが。
「…村田、この山は何だ」
おれの左脇にはラッピングされたチョコが山積みになっていた。
村田は出来上がったチョコをラッピングしながら「足りるかなー」とぼやいている。
「いや、眞王廟でうっかり口を滑らせちゃってさあ、
失敗したなぁ。…えーと、巫女さんに衛兵さんに非常勤の人を加えると…」
「非常勤て…なんか、学校の先生みたいだな」
女の子にチョコせがまれるとかいいよなー、なんて恨みがましく言ってみたら、凄くもの寂しそうな目で見られた。
「な、なんだよ」
「渋谷…知らないって、夢のあることだよな」
なんだってんだ、いきなり。
ラッピングが一通り終わったところで、他の人達の出来を見に行ってみる。
「おい、ユーリ」
「ん?何だよ、ヴォルフ」
ちょいちょいと手招きされてフォンビーレフェルト卿の方へ向かうと、ずい、と包みが差し出された。
「猊下にはこれを」
「わぁ、さすがフォンビーレフェルト卿。ラッピングも凝ってるねー」
淡い緑の小包を手渡されて、村田はしげしげと小包を眺めた。
おれを呼んだ筈なのに包み渡したのが村田だったので、思わず拍子抜けして訊いてしまった。
「お、おれには?」
「ユーリにはこれだ」
そう言って手渡されたのは村田と色違いで青い包み。村田のよりも一回り大きいようだ。
本人の了承を得て開けてみると。
「め、目玉焼き?」
というか、目玉焼き型?
平べったい円の中央がドーム状に盛り上がっていて、まさに目玉焼き。
異様な形に絶句するおれの向かいで、ヴォルフが胸を張って答える。
「すっぽんだ」
あ、目玉焼きじゃなかったのね。
っていうか、すっぽんて!?
「あー、こっちでは縁起物なんだっけ」
「末永くくっついていられるように、という意味の呪(まじな)いだ」
「いや、くっついて、ってより吸い付いて、の方が正しいんじゃねえかな…」
そういう点ならすごくご利益ありそう。
包みを元通りに整えて、二人して両手に抱え込んだ状態で少し離れた先のギュンターのところへ向かった。
「よっ、ギュンター。どんな感じ?」
「ああ、陛下!素晴らしいタイミングでございます。丁度、出来上がったところでして」
「へえ、今出来たんだ。んじゃあ出来立てホヤホヤ?」
「渋谷、チョコなんだから出来立てはヒエヒエだろ」
そうだった。
気を取り直してギュンターにどんな出来かを見せてもらう。
「こ、これは…」
「陛下の国で愛する相手に向けて使う形と聞いたので、作ってみたのです」
言ったそばからポッと頬を染めたりしている。止めてくれ。
脇から村田も覗き込んだ。
「あーなるほど、ハート型かぁ。本命チョコの王道だね。
良かったな、渋谷!生まれて初めての本命チョコゲットだ!」
「生まれて初めては余計だっての!てか、初めての本命チョコが男からとか…む、むなしすぎる…」
ギュンターからも結局チョコを貰いつつ、続いて歩を進めたのは先ほどから孤軍奮闘しているあのお方。
「あの〜グウェン、大丈夫か?」
下から覗き込むように声をかけると、グウェンダルはこれ以上ないくらいに驚いて半歩後ろへ跳びすさった。
「な、何がだ」
「いや、だってさっきからアニシナさんの魔動装置を使うときにスゲー気力と体力を注ぎ込んでたみたいだから」
「そ、そんなことは……む」
グウェンダルがある一点を凝視したと思ったら、おれ達の抱え込んだチョコだった。
「もう貰ってきたのか」
「ん、ああ。こっちがヴォルフで、こっちがギュンター」
包みを掲げて見せると、グウェンダルは何やら小さな包みを取り出した。
それをおれと村田それぞれに手渡す。
「では、私からはこれをやろう」
「え、僕にもくれるの?やった、結構フォンヴォルテール卿の好感度上がってたんだなあ」
「勝利みたいなこと言うなよ」
ちなみにおれ辞書では「兄貴みたい=ギャルゲ風」だ。
本人にばれたら自分の学歴と崇高な目標やギャルゲがいかに素晴らしいかを一から説き直されそうだが、おそらくどんな説得(説教)をもってしてもこの等式は一生変わらないだろう。
さて、そして肝心の中身はというと。
「…雑巾?」
「雑巾ではない、猫ちゃんだ」
もはや動物ですらない。
「や、やっぱり〜。おれも、雑巾はないと思ったんだよね〜」
「いやあ、でも雑巾に見えるように作るってのも中々出来るもんじゃないよ。才能だね、才能」
「村田それ、フォローになってないぞ」
「才能がありすぎるってのも考えものだよね〜」
一人思案げに顎に指をやって唸っている。
おれは相手のご機嫌を損なう前にと、愛想笑いを振り撒きながら思案に耽っている親友を引きずってその場を退却した。
「やっほ、コンラッド」
「ああ、陛下に猊下。おや、もう皆から貰って来たんですね」
「うん。やっぱりっていうかなんというか、皆個性的なチョコだったよ」
「いやあ、チョコには性格が表れるねえ」
「そうですね」
笑顔で答えるウェラー卿の手には、ラッピング中のチョコがあった。
「ウェラー卿はどんなの作ったんだい?」
「俺は、あちらでよく見かけたものを再現してみようかと」
そう言ってコンラッドが見せてくれたのは、カリカリっとした歯ごたえが特徴的なチョコ。
「あ、これクランチだな?さっすがアメリカン!クランチってさ、アメリカ!って感じするよな。
それにしてもコンラッド、さすがに上手いな。くーっ、こういうトコも女子のハートをがっちり掴んじゃうんだろうなぁ。
…あれ、これは?」
少し間隔を置いた先に、中身が他と違った感じのものを見つけた。
遠目からみるに、クルトンとかそんな風に見える。
普通のクランチチョコより数が少ないことから推測すると、おそらく一人分だろう。
指摘されたコンラッドは少し気恥ずかしそうに頬を掻いた。
「はあ…つい、癖で」
「あ、自分用にちょっと変わったモノ作ってみたり、ってヤツ?」
「ええまあ、そんなところかな」
その時に、おれの脇で無作法にも他人のチョコをつついていた村田が、あー、と声を上げた。
「これ、麩だね」
「ああ、麩な!味噌汁に入れたりすると美味いんだよな。あとは公園とかでよく鯉にエサとしてやってるとこをよく見…」
ん?
「ま、まさか…まさか!!?」
コンラッドに向き直ると、居心地悪そうに頬を掻いたままだ。
「元カノか!?元カノのエサなのか!!?」
「一応…」
さすが元彼。元カノのエサやりは彼氏の義務だ。
「渋谷…、エサやりはどっちかっていうと飼い主の義務じゃないかな」
「ちなみに魚人族は野生が基本なので、自分で捕食しますけどね」
コンラッドはそう付け足しながら、そのチョコを革袋に放り込んだ。
あれを後で海に投げ込むんだろうか。というか、魚人族はチョコを喰えるのか。
「よ、喜んでもらえるといいな」
とりあえずそう言っておこう。
そうして無理にその話題を切り上げると。
「…あれ、村田がいない?」
ふと気がついて辺りを見回すと、今さっきまで居たはずの眼鏡君が忽然と消えていた。
「ああ、陛下が思案に耽っていた時に包みを山積みに抱えて厨房を出て行かれたようですが」
「あ、なるほど、眞王廟か」
きっとおれ抜きで一人で行ってチョコをせがむ巫女さん達に囲まれてウハウハしたいんだろう。
ちょっと、というかかなり羨ましいが、渋谷有利男十六歳、親友のモテ期を邪魔する気はありません。
当の本人が居ない中一人でそう宣誓してから、おれはヴォルフとコンラッドを連れて城の人々にチョコを配りに出掛けたのだった。
「渋谷のヤツ、今ごろメイドさん達に囲まれてウハウハなんだろうなぁ…」
「陛下は一緒にいらっしゃらなかったんですね」
「うん、どうやらここの巫女さん達に夢と希望を持ってるようだから。わざわざそのイメージを壊す必要もないだろうと思って」
「お優しいですね、猊下」
「僕も、我ながらそう思うよ」
抱えてきた小包の山はすっかり跡形もなく消えていた。
眞王廟に一歩立ち入った瞬間から眞王廟中の女性がバーゲンセール真っ最中みたいな勢いで殺到し、時には撥ね飛ばされ、時には踏んづけられた村田健は、嵐が去った後には文字通り五体不満足、満身創痍でどこもかしこもボロボロだった。
服についた埃をはたいて言賜の間に行くと、喧騒などまるで知らぬようなウルリーケが笑顔で迎え入れてくれた。
「やれやれ、酷い目にあったよ。はいこれ、ウルリーケの分」
「まあ、ありがとうございます」
慎ましやかに受け取るウルリーケの様子を見て、巫女さんってこういうものだよなぁ、と嘆息する。
「君も、出てこないとチョコレートやらないぞ〜」
上方に声を投げつけると、先程まで役目を果たした三つの箱しか置いてなかった壇上に、ふっと人の影が現れる。
呼ばれて出てくるなら、初めから出ていればいいのに。
村田が祭壇まで歩み寄ると、眞王は村田の手元の包みを見下ろした。
「ちょこれえと、とは何だ?」
「あれ、君も知らないのか。お菓子だよ。
ところで、あげた本人が訊くのもなんだけど、君って物を食べられるのかな」
「食べ物が必要ということはないが、食べようと思えば出来ない事もない」
はい、と渡すと眞王は段差に腰掛けて包みを開く。村田もその隣に座った。
チョコレートが初見だという男は、まじまじと黒茶の物体を眺め、そのまま口に放り込んだ。
「…中は、酒か」
「ボンボンにしてみたんだ。君は酒好きだったからねえ」
「さすがは俺の大賢者、よく覚えているじゃないか」
あまりに聞き慣れたその台詞に呆れたようにため息をつく。
「まだ言ってたのか。あんまりしつこいと、チョコ取り上げるよ」
「まあそう言うな。
…ボンボンとはあれか、金持ちの能無し息子」
「うーん、それは同音異義語ってヤツだね」
おそらくユーリの入れ知恵だろう。
眞王廟に来ては眞王と話して一言二言地球産単語をもらしていくものだから、好奇心の強い初代魔王は怪しい地球語を用いるフランクな王様になりつつある。
その王様が初めて見る菓子をゆっくり咀嚼する様子を眺めていると、まるで…
「まるで、餌付けをしてる気分だったよ」
血盟城に帰ってきて紅茶を片手に、親友はあったことを話していた。
お返しに、と貰ったエーフェの焼き菓子を頬張りながら、おれが聞き返す。
「餌付けって、猫か犬みたいな?」
「いや、ハトかコイ」
「は、ハト…」
呆気にとられながら、ゴクリとクッキーを飲み込む。
「いや、あの装飾の派手さはどっちかっていうと鯉かな〜。錦鯉」
ムラケンは、思い出す様に空を眺めて紅茶を飲み下している。
偉大なる初代魔王陛下を錦鯉呼ばわりとは。
双黒の大賢者最強疑惑は、あながち間違いでもないかもしれない。
「ま、昔は偉かったけど今となっては魔力がただ強いだけの成仏しない幽霊みたいなものだからね〜」
「む、村田、お前ってホントに高校生?」
いくら大賢者の記憶があるといったって、別人格であると主張するには高校生の発言としてはいささか大胆すぎるのでは。
「あくまで記憶を元にした僕の意見だから。
…んじゃ、そろそろおいとまして、あっちで義理チョコでも期待して過ごそうか」
「そういうとこは必要以上に高校生だよな。しかも、モテない側の」
「帰ったら美子さん、チョコくれるかなー」
「だから、人の母親を名前で呼ぶなーっ!」
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ばれんたいん小説です♪
ちなみに水乃は今年はスイートポテトを作りました(←聞いてない)
何が書きたかったって、チョコを貰う眞王が書きたかった。(そこか!!)
いや、現実では渡せないからせめて小説の中でチョコを頬張ってもらおうと!!
なんか魔動装置が既出のものと似た名前になっちゃったけど、そこは気にしない方向で(笑)
眞魔国の文化はどこまでねつ造していいんだろうか…となやんでみたり。
チョコとかハートマークってあるのかなぁ…