多忙な一日






キーンコーンカーンコーン…

授業終了のベルの音と共に、次第に校舎からぞろぞろと制服姿の生徒たちがわき出てくる。

「かーいとっ!帰ろっ!」

「おー」

ぽいぽいっと教科書を鞄に放り込み、一足先に支度を済ませた青子の方に向かう。

「恵子、また明日ね〜!」

元気よくそう言って、青子は快斗と一緒に教室を出た。

最近やってるゲームの話とか、こないだ見たドラマの話とかをしながら、二人並んで帰途につく。

その途中で鼻歌まじりに歩いていた青子が、ふと思い出したように口を開いた。

「そういえばね、こないだ駅の近くに新しいケーキ屋さんが出来たんだって。安くておいしいって評判なんだけど、行ってみない?」

快斗はそれを聞いて、ばつが悪そうに目を泳がせながら答える。

「あ〜、悪いけど俺、パス。用事があってすぐ帰んねーといけねーんだ」

「えぇ〜?またぁー!!?」

青子は頬をぷくっと膨らませて不満気。

また、と青子が言うように、ここ最近快斗は青子が何に誘っても、用事があると言って断り続けているのだ。

クラスでの会話を聞く限りでは、他のクラスメイト達の誘いも断っている様子。

毎日、学校が終わっては一直線に家に帰っている。

快斗の母に探りを入れてみるも、「ちょっと家の用事」の一点張り。

怪しい。

「ホラ、オメーもケーキなんて甘いモンばっか食ってっと、みるみるうちに太っちまうぜ?」

快斗はじとっ、と睨みつける青子の視線から目をそらしつつ、わざとらしい理由をとってつけた。

その動揺に気付いた青子は、疑いの色も露わにずずいっと快斗に詰め寄った。

「あっそう、それじゃ青子、快斗んちに遊びに行こっかな〜」

「なっ、んで、そうなるんだよ」

「だって青子、家帰ってもヒマだもん」

明らかな詮索の気配に、快斗の背中にだらだらと冷や汗が流れる。

「や、今日ウチ来ても、母さんも俺も忙しいからつまんねーって!それよりこないだ貸してやったゲームまだクリアしてねぇんだろ?それやったらいいじゃねーか」

必死に理由を並べ挙げて抵抗を見せる快斗。

父親から叩きこまれたはずのポーカーフェイスも脆く崩れ去り、顔には余裕のない笑顔しか浮かんでいない。

あまりの必死さに諦めたのか、青子は数秒快斗を睨んでから、はあ、とため息をついた。

「もーいい、今日のところは諦める」

「悪いな、もう少ししたら落ち着くから」

こちらも安堵のため息をついて胸をなでおろす。

やがて互いの家の近くに差し掛かり、二人は短く挨拶を交わして別れた。




「ただいまー…」

おかえり、という母の言葉も聞き終わらぬうちに快斗は一直線に自室に入り、鞄を床に放り投げてベッドになだれ込んだ。

「…そろそろやべーなぁ…」

幼馴染の疑いの視線を思い出し、再び冷や汗が出てくる。

いくら鈍い青子といえど、これ以上誤魔化し通すのは無理だろう。

「これだけは青子にバレるわけにもいかねーし、早いとこ仕上げねぇとな…」

そう言ってむくりとベッドから起き上がると、部屋に飾ってある特大の父親の写真を見つめた。

ゆっくり近寄って片隅を押すと、くるりと写真が回転して人一人が通れる空間が現れる。

そこから快斗が奥に入っていくと、写真はさらに回転して部屋には白い怪盗紳士の姿が現れた…




「ただいま〜」

父親が仕事に出ていて誰もいない家で、青子はそう言うとそのまま自室へ入った。

さっさと着替えを済ませ、夕食の前に明日の支度をしておこうと時間割を合わせていると、鞄から数学の教科書が二冊出てきた。

「あれ?なんで二冊??」

くるりと一冊を裏返して見ると、下の隅に『黒羽快斗』の文字。

「あちゃー、間違えて持って帰ってきちゃった;;まあ、明日学校で渡せばいいよね…」

いつものようにそうしようと青子は考えたが、そのすぐ後、運の悪いことに数学の宿題が出ていたことを思い出す。

「…これで快斗が宿題出来なかったら、青子のせい、だよね?」

仕方ない、とその教科書を片手に軽く身支度を整えると、青子は再び家を出るのだった。




――ピンポーン。

黒羽家の呼び鈴を押すと、程なくして快斗母が玄関の扉を開けた。

「はい…あら、青子ちゃん!」

「こんばんは、おばさま」

ぺこりとお辞儀をすると、快斗の母に玄関に入るよう促される。

「今日はどうしたの?」

「それが、家に帰って鞄を開けてみたら、快斗の教科書も持って帰っちゃったみたいなんで、青子が届けにきたんです。それで、快斗は?」

「あの子なら二階だけど、今はちょっと…」

ポンッ!

快斗母の言葉を遮って、小さな破裂音が響いた。

「あれ、今の音何でしょう?」

「さ、さあ?快斗がまた何かやってるんじゃないかしら?」

「…ちょっと行ってみていいですか?」

「んー…、ま、いいんじゃない?」

まあいっか、と軽いノリで、母は二階へ駆けあがっていく青子を見送るのだった。




「…ココをこうすっと、ココが開くから…んで、このダイヤルを…」

小冊子を片手に、快斗は父親特製の練習用金庫と取っ組みあっていた。

いくらマジックは幼いころから父親仕込みとはいえ、泥棒のことにおいては全くの素人である。

万が一、息子が怪盗キッドを継ぐ時の為に、この隠し部屋には、父親の盗一が遺しておいた様々な訓練グッズが置いてあった。

ここで一人前の技術を身につけておかなければ、到底怪盗なんてやっていられない。

二代目怪盗キッドを決意した日から、快斗はこの訓練の為部屋に籠り切りだった。

そんな快斗が今目の前に座っている金庫の周りには、沢山の紙吹雪が散らばっている。

操作を誤ると、警報が鳴ったりする代わりに、ぽんっと小さく破裂して紙吹雪が散る仕組みになっているのだ。

「くっそー、てんで開かねーじゃねーか、この金庫」

恨みがましそうに金庫を睨みつけるも、金庫はうんともすんとも言わない。

父親手製のマニュアルと金庫を交互に見比べながら、耳を金庫に押しつけ慎重にダイヤルを回していく。

と、その時。

――ピンポーン。

下の方で、はーい、と母親の応答する声が聞こえる。

小さい音の後、明るい声が家の中に漏れた。

初めは気にも留めずに金庫に専念していた快斗の手が、ぴたりと止まる。

「…ちょっと待てよ、今の声って…」

「…――を、持って帰っちゃったみたいなんで、青子が――…」

「青子ぉ!!?」

ぎくぅ!!と身を竦ませた拍子に、ダイヤルを握っていた手が、ぐるりと思いきりダイヤルを回してしまう。

「あ゙」

ポンッ!!

高い音が家の中に響き渡る。

いくら小さい破裂音と言えど、この家の中くらいなら十分に音は伝わった。

「…――あれ、今の音――…」

少しして階段を上る軽い音が聞こえてくる。

「やべっっ!!」

どたんばたんと手に持っていた物やら周りに散らばっていた物やらを蹴散らして快斗は大急ぎで写真を押した。

写真の隙間から身を滑り込ませて後ろ手にパタンと静かに写真を元の向きに戻すと、その直後、青子が部屋にやってきた。

「あれ?快斗、さっきなんか音しなかった??」

「はぁ?音??…ていうかその前に、部屋に入る時はノックくらいしろよな」

ドキドキと音を立てる鼓動を必死に抑えながら、快斗は出来る限りのポーカーフェイスでそらとぼけてみせた。

部屋に無断で入られて不満だという表情で何気なく話を逸らす。

「…で、何の用だよ?」

「あ!そうそう。今日青子、間違えて快斗の教科書持って帰っちゃったみたいだから、届けに来たの」

その言葉とともに青子は、はい、と脇に抱えていた教科書を差し出した。

快斗がそれを受け取ろうとすると、その拍子にひらりと何かが落ちた。

「さんきゅ…って、あ、やべ」

「あれ、なんか落ちた…紙吹雪?」

足元に落ちたそれを青子が拾うと、それは先程金庫から吹き出してきた紙吹雪だった。

しっかり払ってきたつもりだったが、どうやら見落としていたらしい。

青子は快斗の部屋の中を見まわして首を捻った。

「なんでこんなとこに紙吹雪が…」

「あ、いや、それな…」

必死に弁解しようと言葉を紡ぐが、慌てていて頭が正常に機能しない。

答えにならない快斗の言葉を聞き流しつつ、唸っていた青子は、あっと声を上げてぱっと表情を明るくした。

「分かった!快斗ったら、また新しいマジックの練習してたんでしょ?」

「へ?」

「だからさっさと家に帰ってたのね!全く、新しいネタ思いつくとすぐこれなんだから」

「あ、ああ、まあな;;」

どうやら納得がいったらしい青子に、生返事を返す快斗。

青子は満足げにうんうんと頷いた。

「やっぱり、青子の目に狂いはないのよ!青子に隠しごとしてもすぐ分かっちゃうんだからね、快斗!」

「へーへー」

実際は違うけどな、と心の中で注釈を入れるも、話を合わせる為にここは従っておく。

自分の推理に満足がいった青子は、満面の笑顔で快斗に言った。

「それで、新しいのは出来た?」

「ん?あーまぁ、そこそこな」

「ね、青子に見せて!」

「はぁ?」

「新しいマジック出来たらいつも見せてくれるじゃない。新しいの青子に見せて!」

しまった。

適当に話を合わせていたら、ここでボロが出てしまった。

実際は新しいマジックなんて考えていなかったので、やれと言われてもやるものが無いのだ。

せっかく都合のよい展開に持って行けたのだから、なんとかこの場を取り繕わねばならない。

「いやそれが、実はまだ完全じゃねーんだ;;」

「じゃ、今出来てるトコまででいいよ」

「ば、バーロ!そんな中途半端なこと出来っかよ。明日までに完成させて、明日学校で見せてやっから。な?」

「ん〜、じゃあ明日の朝一ね!」

「おう、朝一だろーが何時だろーが、やってやるぜ!
 じゃ、俺はマジックの仕上げがあっから」

出た出た、と青子を部屋の外に押し出し、そのまま家まで送ってやってから、はぁ〜、と本日二度目の安堵のため息をついた。

だが安堵と同時に、厄介な用事が増えてしまった。

「…ったく、余計な宿題まで増えちまったぜ」

明日の朝までに新しいマジックのネタを考えなければならないという難題を前に、快斗は重い頭をもたげつつ家への道を辿るのだった。





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怪盗キッドになりたての頃のお話。
いくら快斗でも金庫の開け方とかは知らなかったに違いない、と思って書いてみました。
鉄狸とか普通に開けてるけど、普通(?)の高校生に開けられて他の大人は開けられないのか、と思うとなんか不思議。
ところで、今年はなんだかキッドが大いに活躍してる年ですねwということで、 ちょっといろんな感想↓

祝!まじっく快斗アニメ化!!
とうとうやったー!!と、知った時言葉にならない雄たけびを上げて喜びのあまり転げ回った水乃ですが(ホント)、コナンワールドや原作のキッド好きの自分としては、ちょっと画風は残念な感じ;;
なんか、キッドだけどキッドでない、という印象。(よくわからん)
青子が高山さんじゃないし(泣)ちょっと大人っぽ過ぎな感じが。
でも音楽はBGM、ED共にカッコいい!何回も聴きなおしちゃいましたw
EDのはじめの「さあ、ショーの始まりだ」がたまらんwwあとダミーが爆発して消えるシーンもカッコよすww

あと映画「天空の難破船」は本当に感涙ものでした(キッドの出番の多さに)!!キッドファンにとっては最高の作品!!
キッドって基本変装してるからキッドの姿で登場してる時間っていつも少ないんだけど、今回は多かった!!(下からちょっとネタばれ注意↓)

コナンの後ろでヤギに餌やってじゃれてるとかww飛行船に飛び移った時に飛ばされそうになった二人が可愛すぎww
次郎吉おじさまの仕掛けを盗み見て、「なに、これ?」とビビり気味なキッドを見たときはもう、ハートを矢で射抜かれたというより、マシンガンでハチの巣にされたような衝撃でしたww(そういえば映画10作目でマシンガン(?)を連射するキッドもカッコよかったよねw)
でも欲を言うと、サスペンス物として見るにはちょっと盛り上がりに欠けるかな、とは思いました;;
だって、今までの映画では飛行機墜落とか爆弾爆発とか船沈没とか黒づくめと対決とかクライマックスまでハラハラドキドキで最後にホーッと一息、みたいな展開だったのに、それと比べちゃうと、ねえ;;
でもサスペンスは無くていいからとりあえずキッドが見たい!という水乃的キッドファンなら垂涎の作品ですね、やっぱりw




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