僕はずるい男だ。

君をずっと待たせて。ずっと曖昧なままの関係。

一緒に帰って、映画を見て、手をつないで。

ずっと宙ぶらりんなまま、君を待たせてる。

僕は、ずるい男だ。






宙ぶらりん・5






「そりゃ、もう立派なカップルだぞ」

シェイクを手に持ったまま、飲むことも出来ずに石川は柳の話に聞き入っていた。

手を繋いだ、という話を聞いた時なんかは思わず柳はやればできる子、と頭を撫でてやりたくなってしまった。

ただし、未だ二人はくっついていない。

その微妙な状況での行為に、柳は罪悪の念を抱いていた。

そこで今回石川に相談を持ちかけたのだ。

赤と緑は、いると話がややこしくなるからと、石川が止めた。


一通り話が済んで、ようやく石川はシェイクに口をつけた。

「じゃあ柳は、カップルに見えるように手ぇ繋いだの?」

「…違います」

不意に、そう思った。

「繋ぎたかった、んです」

訊かれて初めて自覚した。

カップルに見えるからとかじゃなくて、

繋ぎたかったから自分は彼女の手を握ったんだ。

そう言うと石川は苦笑して、

「じゃあもう答えは決まってるじゃん」

と言った。




宙ぶらりんだった気持ちが一つにまとまって、

ようやく自分の気持ちに、気がついた。

ずっと待たせていた君に、今度は僕から言うよ。









「…あ、柳くん」

「あ、こんにちは」

休み時間の合間に本を返そうと図書室へ来たら、偶然柳くんとはち合わせた。

細かく言えば、本を返す手続きを済ませて本が元あった棚に戻しているところ。

さんも本読むんですね」

「何?それ。私が文学を嗜まなそう、って言いたいの?」

「あぅ、いえ、そういうわけじゃ…」

わざと怒ったように返してみると、柳くんは返事に困ったようにどぎまぎした。

それに思わず笑ってしまうと、柳くんもつられて笑いだす。

「柳くんは、なんの本読んでたの?」

「えと、こんなのです」

「あ、それ私も読んだ」

良かった、

日曜のアレからなんだか話しづらくて意味もなく避けちゃったらどうしよう、と思ってたけど、普通に話せる。

今でも思い出すとちょっとした嬉しさと、身の程知らずとも言えるような期待が込み上がって来る。

その浮き立ちそうな高揚感と、このいつもと同じ空気のせいで、私は予期せず口を滑らせてしまったのだと思う。

言ってみてもいいかな、そう頭の片隅で思って。

黙っていようと思っていたのに。

つるっと今までしまいこんできた本音が出てしまった。

「…柳くんは、他の子にも手を繋いだりしてあげるの?」

「え?」

訊き返されて、思わず頭に血が上る。

実際に言葉にしたら予想以上に重い言葉で、自分に嫌悪感が差した。

何言ってんの、私。

まるで柳くんを責めてるみたいじゃない。

付き合ってもいないのに。

そう思うと不意に目頭が熱くなって、顔を隠そうと下を向いて、必死に手だけ振った。

「ごっっ、ごめんっ、なんでもないっ!」

いきなり下を向いた私に、きっと柳くんはまた心配そうな顔をしてる。

困らせたくないのに、

そう思って強がろうとすればするほど涙は目に溜まって、今にも落ちそうだ。

「…大丈夫ですか?」

いつもと同じ心配そうな声。

「うん、大丈夫!」

声だけ必死に返すけど、いつものように笑顔は作れない。

顔を上げたら、涙が柳くんに見えてしまう。

嫌な女だなぁ、私。

柳くんが何をしたわけでもないのに、勝手に柳くんの目の前で泣いちゃって。

これじゃあ、柳くんに嫌われちゃう。

そう思っていると、いきなりぎゅっと手を握られた。

驚いて思わず顔を上げると、柳くんがあの時のように私の手を握っていた。

「…大丈夫じゃ、ないですよ」

「え…?」

「僕は大丈夫そうに振舞うさんを見てるのは、大丈夫じゃないです。
…こうやって手を繋ぐのも、他の子にはしません。カップルに見えるとかじゃなく…ただ繋ぎたかったんです」

「柳くん…?」

「僕は――さんが、好きです。
…ずっと待たせちゃいましたけど、こんな僕でよかったら、付き合ってくれませんか?」

そう言うと柳くんは片方の手で目に溜まった涙をそっと拭ってくれた。

私はびっくりして少しの間口を開けなかったけれど、少ししてやっと一言、

「あ…ありがとう」

と言った。