予期せぬ訪問者





とある金曜日。

休日へリーチで、空もいい具合に真っ青だし、学生も大人も気分は晴れ晴れだ。

…が、そんな休日を目の前にしても、部活動はいつも通りあるわけで。

元文芸部の扉を開けると、そこには団長を除くいつものメンバーが顔を揃えてい
た。

一人はいつも通り部屋の片隅で静かに本を読んでいたし、残りの二人は淡々とオ
セロに興じていた。

「あ、キョンくん。こんにちは」

「こんにちは、朝比奈さん」

俺はバッグを机の上に降ろしながら、部屋に入った俺に反応を見せてくれたメイ
ド姿の朝比奈さんに挨拶を返した。

唯一部屋にいない団長は、また何かしら良からぬ事を考案し、準備しているに違
いない。

そのうち来るであろう団長は放っておいて、俺は、二人のオセロが終わったとこ
ろで三人で出来るダイヤモンドゲームに変更し、入れてもらうことにした。



数分後、騒々しい足音を立てて団長・涼宮ハルヒが一気に扉を開いた。

「みくるちゃん、新しいコスチュームよっ!!」

「えっ、またですかあ〜??」

本日の悪巧みは朝比奈さんのコスチューム考案であったらしく、大きく膨らんだ
紙袋を持っている。

これについてだけは、俺はハルヒに感謝する必要があるかもしれない。

なんせ俺が部活に来る理由は、ハルヒが五月蝿いのもあるが、99%は朝比奈さんの
ウエイトレス姿を拝見するためなのだから。

いつも可愛い姿を有難う。

ハルヒは持って来た紙袋に顔を突っ込んでがさごそとあさっている。

丁度その時だった。

タイミングを計ったかのように、次の瞬間には、俺達の目の前に一人の女の子が
ちょこんと座っていた。勿論床の上に。

流石にこれには俺や朝比奈さんや古泉だけでなく、長門も驚いた様子である。

皆動きを止めて予期せぬ訪問客にただただ視線を向けていた。

直後、ハルヒはようやく目当ての物を見つけたのか、紙袋から顔を上げた。

「あったわっ!!これこれ…ってあら?あんた誰??」

ハルヒに非現実的な現象はあまり知られてはいけないとか聞いた気がしたな。そ
ういえば。

よく分からないが、とにかく良くない状況ではあるに違いない。

「ね、あんたどっから入って来たの??」

ハルヒの目は既に輝いていた。

聞かれた方は聞かれた方でよく状況が掴めていないようで、しどろもどろになっ
ている。

頼むから変なことは言わないでくれ。

「えっと…窓から??」

あはは、と笑いながらその女の子は信じがたい発言に更に疑問符をつけて信用度
0%の返答をしてみせた。

ただでさえそういう事に鋭いハルヒはそんな返答で満足する筈がない。

「あーのねー?ここ、何階だか分かってる?」

「あ、いやあ、えーと…;;」

「あんた、さてはこのSOS団を利用して地球侵略を企む宇宙人ね!あるいは過
去を操作して国家転覆を謀る未来人か若しくはSOS団の情報を盗んで他の組織
への侵略を謀る超能力者!」

うちの部にそんな国家転覆レベルの情報があっただろうか。

いきなり早口でまくし立てたハルヒに一歩後退りながら、女の子は「どれでもな
いっていうか普通の人間ですけど…」と答えた。

だがそんな答えで引き下がるハルヒではない。

「ふーん、あくまで白を切るつもりね。まあいいわ。あんた、SOS団に入りな
さい!」

「は?SOS団??」

「何が何でも白状させてやるわ。とにかく、私の監視下に入りなさい!!」

「はいぃぃ!?」




下校時。

部活の間ずっと警察の真似をして女の子… に色々問いただしたハルヒは、
取り敢えず一旦諦めたらしく、現在は前方で朝比奈さんとコスチュームについて話し
合っていた。

その間に、俺達は俺達での事情を聞き始める。

「なんか、いきなり出て来たよな…しょっちゅうなのか?こういう事」

「ううん、初めて」

「何故あの部室に飛んで来たかはわかりますか?」

「いや、全く」

どうやら本人にとっても予期せぬ事態だったようだ。

「どういうことでしょうね」

「…なんらかの原因で空間が歪み、その空間の隙間から落ちてきた可能性がある
。その原因はまた涼宮ハルヒによる力からの可能性もあるが、何らかの力の影響
を受けたのが今から32分27秒前という過去のデータを塗り替えた今回のケースを
考えると、これは涼宮ハルヒの影響でなく彼女自身が無意識に持つ非・凡人的能
力または彼女の元居住ポイントに何らかの力が発生した事が原因である可能性が
否めない。又、原因が後者である場合、彼女の他にも同様の自然では起こり得な
い現象の被害に遭っている人間がいる可能性は大きい」

抑揚のない声で、どちらかというと難しい言葉使い且つ早口で言われる為、殆ど
の人間は長門の言葉にはついていけない。

も例外では無かったようで、俺と同様に頭を抱えていた。

唯一話についていける古泉のみ長門との会話(とはいえ、長門は返事しかしない
わけだが)を続けている。

…人間という生き物は、自分にとって理解が不能な言動は片っ端から消却しよう
とする性質がある。

俺にとって理解不能だった長門の言葉は、頭を抱えている間にも、端からどんど
ん白紙に帰り始めた。

このまま考えていても恐らく何も理解出来ないまま記憶から抹消されるに違いな
い。

そう結論づけた俺は、取り敢えず考えるべき事柄に目を向けることにした。

『いかにしてハルヒをごまかすか』だ。

しかし、これにしても俺が頭を捻って出て来る答えはろくなものがない。

「…キョン君は、どう思われますか?」

悩んでいると、突然古泉が質問をしてきた。

「は?何がだよ」

もう悩むのはこいつ等に任せようかなどと考えながら、俺は返事をした。

というか俺にはお前等の話についていける気は全くしないのだが。

「そんな難解な質問ではありません。ただ、さんを取り敢えず北高に編入さ
せる必要があるのでは、ということです」

「何で」

「涼宮さんは彼女のSOS団への入団を望んでいて、それに対して逆らうという
ことには高いリスクが付きますし、まだ原因がはっきりしない今、さんはS
OS団の中で様子を見た方がいい。SOS団に入団するには、北高の生徒であ
る必要があるでしょう?」

「成程な。は納得してんのか?」

「勿論。彼女自身、元の世界では高一だったらしく、あまり勉強に遅れを取りた
くないようですし、この世界にいる以上、することもありませんしね」

「編入、か。…身分証明も出来ないのに出来るのか?」

「問題無い。データの書き換えをする」

朝倉さんの時みたく…か。

…またハルヒが喰らい付くんだろうな…。

俺はまた自分の身に降り懸かるであろう災難を想定して深くため息をついた。

その後、の住む場所について話し合ったが、これも長門がデータの改竄かいざんをし
てどこかの家に住まわせるそうだ。

俺だって少しも同い年の女子高生が我が家に居候するというシチュエーションを
夢見なかったわけではないが、そんな事が出来るわけもない。

どうせハルヒに見つかればまた面倒になるし、別にそうショックだって受けちゃ
いない。断じて。

まあ、古泉宅に泊まるという選択にならなかったのには正直ホッとはしたが。

文化祭用の映画撮影の時も色々あった事だし。

あの時ほど古泉と立ち位置を交換したいと思ったこともなかっただろう。



最終的に、の居住先探しは長門と古泉に任せるとして、俺は先に自宅に帰る
事にしたのだった。