澄み渡る冬空の下
寒さ深まる冬休みのある一日。
快斗と青子の二人は北海道に来ていた。
「なんでわざわざ寒い日に寒いトコへ来なきゃいけねぇんだよ…」
「なんか言ったぁ?快斗」
「別にぃ」
これ以上ないほど着ぶくれてポケットに手を突っ込む快斗とは対照的に、青子は降り積もる雪を見ては、はしゃぎ回っている。
二人がわざわざ北海道まで来ている経緯は、言うまでもないほどにいつもと同じであった。
言ってしまえば、もともと青子と青子の父親である銀蔵が行くはずだったスキー旅行が、銀蔵の突然の仕事の都合によりキャンセル。
飛行機代やキャンセル料がもったいないとのことで、急遽快斗がピンチヒッターになったという次第である。
スキーなんて滑れるわけでもねぇのによ、と憎まれ口を叩きながら青子によって炬燵から引っ張り出された快斗。
快斗は快斗で、断るような用事が特になかったのが悔しさの一因であったり。
そんな一行は、初日は観光、ということで北海道でも有名なある湖へと赴いていた。
「『ましゅうこ』?」
「お前、行くんならあらかじめ下調べしとけよ」
「いいじゃない、知らない方が楽しみも増すんだから!!」
むっつりと拗ね始めた青子をはいはい、と受け流しながら、快斗はパンフレットを眺めてふと思い出す。
「そいやぁ、青子、今日の天気調べた??」
「別に、調べてないけど…どうみても晴れっぽいじゃない」
バスの窓から眺める空は、どこをとっても雲ひとつ見当たらない。
その絶好な観光日和を前に、快斗はわざとらしくため息をついた。
「そりゃあ、残念だったなぁ…」
あーあ、と、終いには青子の方を見やってため息をつく。
相方の業とらしい仕草に、かちん、ときた青子はご機嫌斜めになって問いただした。
「失礼ね、人の顔見てため息なんかついちゃって!何が残念だってのよ!?」
快斗は実に残念、と回答を十分に焦らしてから言った。
「摩周湖ってのは別名『霧の摩周湖』って言って、いつも霧に包まれてんの」
「それが晴れてるんなら、運がいいんじゃないの?」
「俺にとっちゃぁ関係ねーからその方がいいけどな。でも摩周湖ってのは、あんまり霧に包まれてる日のほうが多いから、逆に晴れてる摩周湖を拝んじまった女の子は嫁に行き遅れる、ってジンクスがあるんだってよ」
よく聞くようなジンクスだけど、こーいうジンクス信じたがる青子にとっては晴れてるとやばいんじゃない?と聞くと、青子は意地を張って答えた。
「大丈夫だもん!いっつも晴れてないんだったら、青子の時だって晴れてないわよっ!」
そして、摩周湖到着。
目を見張るような晴天だった。雲ひとつ見当たらない。
「これは、よっぽど青子は嫁に貰ってもらえないって事かねぇ?」
意地悪く笑って青子の方を振り返ると、いつもの調子で返ってくると思った怒声と拳骨が返ってこない。
青子は、半歩後ろで視線斜め下のまま、ぽつりぽつりと歩いてくる。
どうやら、予想以上にいたずらが過ぎてしまったらしい。
「…んなに落ち込んでんじゃねーよ…」
快斗は体の向きを変えて青子の方に歩み寄った。
くしゃり、と柔らかい青子の髪に手をやると、青子がゆっくりと顔を上げた。
見上げた視線の先にある快斗は、もう片手で頬を掻きながら、照れ臭そうに斜め上を向いている。
「まあ、あの、何だ。嫁の貰い手が無かったら、俺が貰ってやっからよ」
何でこんな恥ずかしい台詞言わなきゃなんねぇんだ、とか思いながら。
言ってしまってから、次第に赤く染まっていく快斗の顔を見て、青子がぷっ、と吹き出した。
「快斗、顔真っ赤〜w」
「ば、バーロ、んなわけねーだろ!」
「だって、ホントに真っ赤なんだも〜んw」
青子は頭に置かれた手をすり抜けて、数歩先に行ってから言った。
「快斗には青子は勿体無いけど、快斗は売れ残っちゃうから青子が貰ったげる!」
その言葉に、一瞬惚けてしまってから我に返って反論した。
「…立場変わってんじゃねーか!」
「何よ、快斗がだらしないのがいけないんでしょー!?」
口論にまぎれて、当人たちさえ知らぬうちに、二人揃って誓うは共に生きる契りであったり。
澄み渡る冬空の下、二人の声ばかりがこだましていくのだった。
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