休日よ、さようなら。
SOS団の部室に正体不明の女子高生(16)がやってきてから一晩経った。
あれから結局、俺が一行と別れようとしたときの「じゃ、明日遅れるんじゃないわよ!」とのハルヒの言葉が理解できなかったにSOS団の趣旨と活動内容を説く為、結局分岐点での立ち話を余儀なくされた俺である。
そもそも、「SOS団に入れ」と命令したハルヒ自身が説明していないというのが非合理だ。
元々普通の人間とかけ離れた長門達に説明させるのも少し気がかりだし、また時の流れとか情報がどうのとか神がどうのとか、聞いた瞬間に右から左へ流れて行ってしまうような事を言って無駄にを悩ませるのも考え物だった。
…そうか、休みじゃないんだったなそういえば。
爽やかな朝の空気を感じ、重い瞼を押し上げ見慣れた天井を眺めながら、昨日の記憶と共にそんな事まで思い出して一気にテンションを下げる。
ただでさえSOS団などという謎の集団に囲まれて気苦労が絶えないというのに、そんな高校生活の中で貴重なゆとりの時間までも潰されるなんてのは、人権侵害に値するのではなかろうか。
時計を見ると5時を指そうとしている。
準備の時間を考えてもまだ3時間あるじゃないか、と思い二度寝を決め込もうとした瞬間、俺は今ようやく手繰り寄せた昨日の記憶に跳ね起きた。
脳内ではハルヒが「がSOS団に慣れる為に明日は6時集合だからね!」と叫んでいる。
なんてこった。もう準備すべき時間じゃないか。
危うく8時まで寝過ごしてまたハルヒからの電話ラッシュが家中に鳴り響く所だった。
その様子を想像して焦りを覚えた俺は、実際はいつも通りの準備速度で良いものを、入試当日に遅刻ぎりぎりになった受験生のような気分で朝飯をかきこみ、さっさと身支度を整えて家を飛び出した。
そして現在5時15分。
もうすぐ待ち合わせ場所に着こうという所だ。
俺は約30分の奇跡の短縮に「人間やれば出来るもんだな」と感心しつつ、45分間どう時間を潰そうかと考えていた。
しかし、考える必要も無かったな。
待ち合わせ場所に着くと、既にが立っていた。
は背は人並みで、スタイルもハルヒに負けない位の持ち主。背中くらいまで真っ黒な髪をストンと降ろしている。
ブーツカットのGパンに、ハイネックの体に張り付くような細身で桃色のセーターと、実にシンプルな出で立ちだが、とにかくスタイルが良いのでとても決まっている。
手には女子の好みそうな、これまたシンプルな白いバッグを提げていた。
それにしても、まさか俺より早く来ている奴がいるとは。
「早いな。何時に着いたんだ?」
「ん〜、5時前かな」
「昨日家決まったんだろ?場所は?」
「地図なら、ほら、これ」
と、はネットの検索結果を印刷した紙をぴらっと出して見せた。
ここまでは、せいぜい30分といったところか。
「じゃ、4時半に出たのか?えらく早いな」
「いや、出たのは1時」
「は?街を散歩でもしたのか?」
それもわざわざ早起きまでして。
そう訊くと、はもう一度首を横に振った。
「私、人よりちょっと歩くの遅いんだよね」
それは、方向音痴と言うべきではなかろうか。
信用に値するとはとても思えない。
30分の道のりをどうやったら4時間かけて来れるというんだ。
「違うって。道は合ってるったら」
地図を握り締めては自信満々にそう断言した。
「あ、そういえばあれから考えてたんだけどね。じっとしてる間にこういう事が起きたのは初めてなんだけど、歩いてる時には気がつくと知らない場所にって事は結構あったのよ」
だからただの迷子だ、それは。
「人と一緒に歩いてるのに気がつくとその人がいなくなってる事もあったなあ…」
究極だな。
というかいい加減気付けよ。
「あ、涼宮さんだっけ、SOS団の責任者。色々知りたがってたし、言ったほうが…」
「それは止めとけ」
長門達にも言わない方がいいぞ、とも付け足しておく。
言わない方がいい、というか、言う必要が無い。
ハルヒはハルヒで目ぇ輝かせて喰らい付くだろうしな。
迷子だなんて一かけらも考えないに決まってる。
そうこう話している内に15分、20分と過ぎ、朝比奈さん、古泉、長門と徐々に集まってきた。
本日はハルヒがおごりのようだ。
6時5分前。
ようやくハルヒは来て、メンバー全員が既に来ているのが嬉しくも悔しくあるようで、複雑な顔をしていた。
「じゃ、早速行くわよ!」
そしていつもの喫茶店に着いた俺達は、それぞれオーダーを済ませ(長門はまた例によっての長考だったが、がその上を行っていたのには、俺はかなり辟易した)、いつものように爪楊枝によるくじ引きを決行した。
結果。
ハルヒ・古泉・朝比奈さんチームと、
長門・・俺チームという振り分けになった。
が一緒というのは結構心配だった。
目を離してはならない、と心に堅く誓い、なにやら不機嫌なハルヒとその他二人に別れを告げた。
でもやっぱり、極度の方向音痴を承知している俺が組んで良かったと言えるかもしれない、とか思いながら。
だがしかし、俺は甘く見ていた。
土曜日の商店街などは、とにかく人が多い。
の希望で商店街に来た俺達だったが、人混みを掻き分けつつ歩いているうちに、気がつくと俺の視界にはただ無表情な長門の姿しか見当たらなくなっていた。
商店街は来るんじゃなかったな、などと数分前の俺を叱りつつ、俺は目の前の人間の海を見て落胆した。
思わず近くにあった椅子にへたり込む。
「…この中から探すのかよ;;」
だがいつまでも座り込んでいるわけにもいかない。
立ち上がろうとした俺は、手首に予定外の引力を感じ、長門が袖口を引っ張っているのに気付いた。
長門がもう片方の指でさす方向を向いてみれば、そこには首も目もフル稼働させて俺達を探し回っているの姿が。
早めに見つかってよかった。
「…あっ!いたいた、二人とも。迷子かと思ったよ」
何、それは「俺たちが」と言いたいのか。「お前」でなく。
その後、一応異性であるの手を取って歩き回るのも気が引けたので、の一歩後から付いて行くことになった。
いつも本ばかり読んでいる長門が商店街に興味を示すとはとても思えなかったので、退屈なのではと訊いてみると、「そうでもない」との返事が。
長門も少なからず商店街に興味があるということなのだろうか。
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