偽りに飾られた物語
“今宵 ロミオとジュリエットが会瀬を果たす至高の舞台の下
月下の奇術師は参上する
怪盗キッド”
「全く、キッドのやつ。またこんな予告状書いて青子のお父さんを弄ぶんだから!」
「弄ぶって…;;」
快斗と青子が今居るのは米花町で一番大きい劇場、帝都劇場である。
例によって、また青子の父のコネでチケットを入手し、「ロミオとジュリエット」を見に来たのである。
「そうは言ってもよー?そのキッドのおかげで、見たいって言ってたこの劇のチケット手に入ったんだろーが」
「そうだけど…」
青子は、ぶすっとして表情が冴えないままである。
しょうがねーなぁ、なんてぼやきながら、観賞用と称して購入した、周囲偵察用オペラグラスの照準を客席中に巡らせる。
公演初日のみ用いられる予定の、本物の宝石をあしらった指輪は、いきなりの予告に応じてイミテーションが用意できるはずもなく、劇団の顔をたてるためにもそのまま使われる。
現に先程、楽屋に仕組んでおいた盗聴機で聞いた内容からも、『そのような旨』が話されていた。
細工は隆々。
後は結果をご覧じろってな。
そう軽い気持ちでオペラグラスを覗き込んでいた快斗の視界に、何やら見覚えのある小さい影が一つ。
「あん?」
身を乗り出して更に覗き込むと、青子に行儀が悪い、脛を蹴られたが、そんなことを気にしてなどいられない。
小さな影は、連れに何かを言ってから客席をたった。
快斗は、影の方向を向いたままオペラグラスを胸ポケットに仕舞いこむ。
「悪い、青子。ちょっとトイレ行ってくるわ」
「えっ!?今から?もう、途中で出入りすると迷惑になっちゃうから、早く戻ってきてよー?」
「5分前には戻ってくるって」
あと6分しか無いんだけど、という言葉を聞き流しつつ、席を立つと、影もトイレの方へ出ていくようだ。
すぐさまそれを追いかける。
客席を出て明るい広間に出ると、影が露になり、予想通りの人物が姿を現した。
背後に立って気心の知れた仲であるかのごとく、軽い調子で声をかけた。
「よお、オメーもこーいうの好きなワケ?」
声に気づいて相手が振り向くと、顔一杯に驚きを滲ませて見上げてきた。
「…おまっっ!!?」
「おっと、動くなよ?あんまり時間かかると、ガールフレンドが心配するぜ?
こっちは軽く話をしにきただけなんだからよ」
カチャリ、と小さく音をたて、牽制として快斗がトランプ銃を突きつけた相手は、宿命のライバルとされるであろう、かの小さき名探偵であった。
自分に突きつけられたトランプ銃を苦々しく見詰めながら、その小さな名探偵は胸元に構えた麻酔銃を渋々下ろす。
「さっきも訊いたけど、オメー、こういうの興味あんの?今日、俺の予告知ったからって簡単にとれる席でもねーし」
「んなわけあるかよ。例のごとく、おっちゃんが劇団の人に依頼されて、チケット握らされただけ」
「今になってココを出歩いてるってことは、大方、トイレとでも言って、この劇場の構造を見て俺の逃走経路を確認しようとしてたってとこかな?」
「…まぁな。まあ、こうして客として来てるトコを見た限りでは、その必要はなさそうだけど。
素で来てるってことと、そこら中を見張ってる警官のことを考えると、観客に混じって逃げる方が賢明だからな」
「さすが名探偵。よく判ってる」
「バーロ、茶化すんじゃねーよ。んなこと誰でもすぐ判るさ。
…まあ?今ここで捕まえれば何も考える必要も無くなるけどな?」
「捕まえられれば、な?」
相手が臨戦態勢に入ろうとしたことを察知し、言葉を言い終わると同時にトランプ銃の引き金を引く。
その相手の額に押しつけられた銃口から飛び出したのは、トランプではなく、色とりどりの花と煙幕。
相手が怯んだ隙を見て姿を眩ます。
「じゃな、名探偵」
そう言い残して客席へ続く扉の方へ走り去る。
時計を確認すれば、開演1分前。
中へ入って扉を閉め、自分の客席を探しながら上着を探る。
…あの名探偵のことだから、多分このあたりに…
上着の裏地に小さな発信器が取り付けてあるのを指先で確認し、そっと取り外す。
この大量の客の数な上、開演してしまうと劇場内は真っ暗になってしまう。
そうなると、いくら馴染みの博士自慢の機能満載な眼鏡を使用しても、特定の一人を見つけ出すには無理がある。
そんなことをするよりは、発信器を付けた方がより正確で簡単、誰でもそう考えるはずだ。
もちろん、人の数倍頭が冴える名探偵も考え、実行した。
そして、人の数倍頭が冴える怪盗もそれを見抜いた。
いや、見抜いたというより、予め考え、そこまで誘導したというのがふさわしい。
快斗は、わざわざほんのちょっとした隙をちらつかせ、それに乗じて取り付けられた発信器を逆手に取ろうとしたのだ。
そして、これから最後の一作業をやれば作戦成功。
快斗は辺りを軽く見回して、出来るだけ自分と背格好の似た人物を探し始めた。
「…あの辺りかな」
適当な人物を見繕い、発信器を何気なく取り付けた。
そのまま自分の席に直行する。
「…あっ、快斗!なぁにが5分前に帰ってくる、よ!もう開演時間じゃない!!」
「いや、内装見てたら思わず時間食っちまって」
「ホントに快斗ったらマヌケなんだから」
「うっせーよ」
チラリと扉を見やると、煙幕を振り払ってきた好敵手が丁度帰ってきたところだった。
よっぽど走ったようで、肩で息をしているが、今帰ってきたところを見ると、やはり子供の足ではハンディキャップが大きすぎるらしい。
そのまますぐに照明が落ちる。
これで、ひとまず自分の位置を眩ますことは出来た。
相手はまず発信器を辿って自分の作戦が失敗に終わったことを確認し、客席を洗い始める。
小さな名探偵は、連れの目もあるので、次に動けるのは、次の休憩時間のはずだ。
休憩時間外にも名探偵は探し続けるだろうが、快斗の席はその真上。
肉眼で探すのはまず無理である。
宝石を盗む前に名探偵が怪盗を見つけるか。
公演が終わるまでの休憩時間に怪盗が名探偵に見つかるか。
「…面白くなってきた♪」
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