箱を開けた少年
「でさぁ…」
「…えっ、まじかよ?」
青子はぼーっとして、机に頬杖ついてた。
「な、青子。どう思うよ?これ!」
他の男子と話していた快斗が、いつものように青子に話を振ってくる。
まるでなにも無かったみたいに。
まるで、…これからも何事も無く学校に来るみたいに。
快斗が、下校途中で青子に言った言葉。
「…え?」
時が…止まった気がした。
青子が始めて快斗と出逢ったのは、大きな時計台の下。
お父さんを待って、一人立ってたら、お花を出してくれて、「よろしく」って言ってくれた。
『俺、黒羽快斗ってんだ!よろしくな!』
ぽんって音と同時に目の前にバラが差し出されてて、青子は初め快斗はきっと魔法使いさんなんだって思ってた。
でも、実際仲良くなってみると、イジワルだし、いっつも青子にちょっかいだしてくるし、ちょっとマジックが上手い普通の男の子だった。
普通の男の子で、…青子の好きな人。
お父さんが仕事で遅くなって一人だったり、近所の猫さんが死んじゃったりして、青子が泣きそうになったときはいつも快斗が傍にいてくれた。
ちょっとずつ上手になっていくマジックを見せて、「もうなくんじゃねーぞ!」って元気付けてくれた。
いっつも笑ってて明るい快斗の寂しそうな顔を見たのは、盗一おじさまが亡くなられた時。
大好きなお父さんが死んじゃって、葬儀の支度などで快斗のお母さんも忙しくて、快斗が一人ぼっちの時は、快斗がしてくれたみたいにいつも青子が傍にいてあげた。
でも青子は元気付けることもできなくて、何よりも青子も盗一おじさまが大好きだったから、結局ふたりで思いっきり泣いてた。
楽しいときも、悲しいときもずっと一緒に居た、大好きな人。
快斗は青子の三歩くらい前を歩いて、鞄を持った手を肩にかけて、淡々と話し続けた。
「ごめんな、今まで黙ってて」
『俺、実はキッドだったんだ』
そう言われたのは学校から帰る途中。
夕日が差してて、綺麗だけどちょっと寂しい感じがする頃だった。
青子は初め、言ってることがわかんなくて、足を止めた。
正体をばらすのと同時に、どうしてキッドをやっていたのかを教えてくれた。
そして、その目的が果たされたことも。
「嫌な感じだよな。泥棒やってたコトに変わりはねえのにさ、こんなことのせいにして」
快斗は少し自嘲気味になって、下の方を向いていた顔を上げて言った。
快斗は青子の方を向かない。
「目的を果たした今、もう怪盗やってる必要もなくなった。警部にはちゃんと俺から言うからさ」
言って…どうするの?
言ったら、青子はどうなるの?
そう思ったけど、青子は何も言えない。
「一つだけ…頼みがあるんだ」
快斗は青子との三歩分のキョリを広げることも、縮めることもせず、青子を見ずに言った。
「明日一日だけ、普通に学校に行かせてほしい」
青子は机に頬杖をついて、最後にキッドに会った時を思い出した。
最後っていっても、それまで遠くで見たことしかなかったから、会ったのはそれが最初で最後。
青子がベッドで眠ろうとしたとき、青子の部屋の窓にキッドがやって来た。
キッドはびっくりする青子のもとに歩いてきて、跪いた。
『いままで貴女に、多くのご迷惑をお掛けしましたこの怪盗めを、どうかお許し下さい』
そう言うと、キッドはそっと紳士的に青子の手を取って甲にキスを落とした。
まるで今夜が最後というような言葉を残して、キッドはその場から消えた。
幻みたいだった。
…どうして青子に、なの?
迷惑をかけたっていうのは、盗んだ宝石の持ち主さんや、警察の人達じゃないの?
キッドが快斗だということを聞いてからも、否、聞いてから尚更その疑問は頭を離れなかった。
青子がぼーっとしている前で、休み時間に友人とはしゃぐ快斗は明るくて、今までと全然変わらなかった。
放課後。
快斗と青子は並んで帰る。
しばらく二人で黙って歩いてた。
少しして口をひらいたのは青子。
「ね、」
「ん?」
「手、つなご?」
そう青子が言うと、快斗は手を差し出してくれた。
昨日と同じ夕焼けの景色。
快斗が静かに話し始める。
「…ありがとな、今日一日。今日の夜警部に話すから」
青子は「うん」って答えたけど、答えたくなかった。
言わないで、行かないでって言いたかった。
言えなかったのは、青子が刑事の娘だから?
お父さんを困らせるキッドのことが嫌いだったから?
そんなんじゃない。
怖かったんだ。
青子に勇気が無かったから。
分岐点で快斗と分かれて、家に戻った。
青子は家に帰ると「おかえり」って言ってくれたお母さんに曖昧な返事をしてそのまま部屋に篭った。
ベッドで仰向けになると、学校では全然出てこなかった涙がどんどん出てきた。
快斗はもう、学校に来ないの?
もう、青子と会えないの?
もう、「馬鹿だな」って言ってくれないの?
もう、マジック見せて「泣くんじゃねーぞ」って笑ってくれないの?
かいとが…快斗が行っちゃう……
「快斗…、行かないでよぉ…青子、快斗がキッドでも、全然平気だよ…?
…青子、快斗ともう会えないなんてやだよ……大好きなのにっ…ずっとっ、一緒にいたのにっ…!!」
青子は枕を顔に押し付けて、嗚咽をもらした。
真っ暗な部屋の中で泣く青子を、月が優しく照らしていた。
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