奇術師からの挑戦状






ピンポーン。

「あがりまーす」

「ちょっと待たんかぁい!!!」

呼び鈴を押してから主の返事を待つどころか1秒とも待たずに敷居を跨ぐ客人を、平次は思い切りはたいた。

「いってぇぇ!!あにすんだよっ」

「それはこっちのセリフじゃ、アホ!住人の返事も聞かんとずかずか入ってくる奴があるかい!!」

「いーじゃん、気心知れた仲なんだからよ」

「そう思っとんのはオマエだけや」

「ちぇ、冷てーヤツ」

平次にそう軽口を叩くのは、ひょんなことで知り合い、意気投合して仲良くなった黒羽快斗である。

本来なら東京に住んでいて、平次とはメールか電話でしかやりとりをしないハズだが…

「なんで自分、ここにおんねん?」

「たまーの週末の休み使って大阪来るのもいいかなー、と思って」

「嘘つきなや。ちゃーんと来てるで?」

自分で訊いておきながら、そう言ってピラピラと平次が弄ぶのは一枚の紙切れ。

『どうせ仕事だろ?』といわんばかりにジト目で見てくる。

それにも快斗はポーカーフェイスで何も動じない。

「その紙切れと俺に何の関係があるってんだよ?」

「とぼけおってからに。…まーええわ。ここで立ち話するのもなんやし、上がれや」

「おじゃましまーす」

快斗はきちんと靴を揃え、階段を登る平次についていった。



平次の部屋につくと、すぐに静華が嬉しそうな顔をして飲み物を出してくれた。

「まぁたこんなカッコええ男の子連れてきてからに、ウチの子ったらホンマに友達の見る目あるわぁvv」

「顔で選んでんのとちゃうんやぞ、オカン。変に言いなや」

ジロッと静華を睨みつけるが、いつものことのようで静華は全く動じない。

「ほな、ゆっくりしてってなv」

「ありがとうございまーすv」

にこやかに言ってくれる静華に、にこやかに返して早速飲み物を吸い始める快斗。

その横で平次はぶすっとした不機嫌顔で紙切れとにらめっこしている。

「で、実際なんなんだよ、その紙切れ?」

ある程度予測はついているが、全く見当もつかないのを装って紙を覗き込む。

「キッドからの予告状や。分かってんねやろ?」

「あー、そういやぁ新聞で読んだな。確か大阪大博物館で七夕に展示される『乙女の涙』ってビッグジュエル狙ってるんだっけ?」

平次のそれとなく棘のある言葉をさらりとかわす快斗。

平次は苦虫を噛み潰したかのような目で快斗を睨む。

「こんなワケ分からん、けったいな予告状送ってきおって…」

「だぁから、俺に言ってもしょうがねーだろ?」

涼しい顔をして快斗は飲み物を啜る。

その時。

「平次、いてるー?」

バァン!といわんばかりの良い勢いで扉を開けたのは、他ならぬ平次の幼馴染の和葉だった。

あまりの急襲に、快斗は少し身を強張らせて、平次は飛びのいた。

「うぉぉいっ、びっくりするやないけ!」

「そんなトコに座っとるんがいけないんやん」

平次が怒っても、和葉は悪びれることもなく言う。

それを見て、平次は深く溜息をついた。

「なぁんで、オレの周りはドアのノックもせんと入ってくる奴ばっかりなんや…」

「おいおい、俺はちゃんと呼び鈴押したぜ?」

「あれは押した内に入らんわ、ボケ」

「あっ、快斗君やん!いつの間にこっちに来てん?」

ノックもせずに入って来た当の本人はずかずかと入室し、部屋に来客がいることに気がついた。

「久しぶり。ちょっと息抜きに遊びにでも行こうかな、と思ってさ。キッドも来るって聞いたし」

「へぇ、そうなんか」

「よう言うわ、本人のくせして…」

「ん?平次、何か言うた?」

そう聞いて和葉が平次の脇にしゃがみ込むと、平次が睨んでいる紙切れを見つける。

「なんやこれ…って、予告状やないの!平次、まさかアンタ大阪府警から持ってきたんじゃ…」

「んなことするかい。見てみぃやこの紙、ぺらっぺらやぞ。コピーや、コピー」

因みに和葉は父から聞いていたので、予告状が警察に届いたことを知っている。

和葉は平次の頭の上から、興味深げに予告状を眺める。

「なになに…
 『恋人との一年に一度の逢瀬を許されし宵
  『乙女の涙』を頂きに参上する
  嗚呼、
  長き時の思いを胸に再会する二人
  二人を祝福するかのごとく天を仰ぐ聖母
  平安を願うかのごとく揺蕩う舟に身を委ねる一族の長
  万物に祝福され乙女は八粒の涙を落として喜び
  男は神々に祈りを捧ぐ
                    怪盗キッド
       P.S.我が文は乙女の涙のごとく地に落ちん』」






「この予告状、盗むものと場所と日付は見当つくけど、時間がさっぱり分からへんやん」

「そうなんや…時間を何も設定しないつもりやったら初めの二文で十分のはずや。なのにP.S.まで付けて長ったらしい文くっつけとるんやから、絶対なにかしらの意味があるはずなんや…
それに、気になることはもう一つある」

平次は口元に手をあてて、考える仕草をして言う。

和葉はしゃがんだ体勢のまま首を傾げる。

「なんやのん?」

「形式や…。キッドは今まで全部予告状を横書きで書いとった…せやのに今回は縦書きで書いとる。何でや…?」

「P.S.で言うとるやん、『我が文は乙女の涙のように地に落ちん』て。これって涙みたいに上から下に書いていくってことなんとちゃうのん?」

「せやから、そのP.S.の文をつけてまで縦書きにする必要が何故あんのかっちゅう事が分からんのや。
 今分かっとるのは、恐らく『天を仰ぐ聖母』はマリア、『揺蕩う舟に身を委ねる一族の長』はノアを示してるっちゅうことくらいや」

平次は苛々したときのくせで、頭をぐしゃぐしゃとかきむしる。

和葉はいまひとつ腑に落ちない様子でまたも平次に聞く。

「なぁ?聖母がマリアっちゅうことは分かるけど、なんで舟に身を委ねる一族の長がノアなん?」

「アホ、ノアっちゅうんは、人間が神サンの怒りに触れて大洪水を起こされた時、神サンに命じられて箱舟作って生き延びた、アダムに次ぐ人類の第二の祖先や言われとる聖書の主人公やぞ。
一族の長っちゅうんは先祖を意味しとる、そんで舟に乗っとるゆうたらノアに決まっとるやんけ」

「ふぅん…、なぁ、ここの『八粒の涙』っちゅうトコ、めっちゃアヤしない?」

和葉が指差す先を見て、平次も頷く。

「せや、オレもそこが気になっとんのやけど…」

幼馴染カップルで推理に盛り上がっているなか、飲み物をゆっくり啜っていた快斗も文面を覗き込む。

「…なぁ、これって、キッドは文を涙にたとえて作ったんだよなぁ?」

それとなく言ってくる快斗に、平次は振り返ってむっとした表情で言う。

「オマエの手助けは借りひんわ、あっちでジュースでも啜っとき」

「ちょっと、平次!どうせなんやから、快斗君にも考えてもらったほうがええんとちゃう?」

「コイツから教えてもらったら、回答も同然なんや!とにかく、快斗から手は借りひん」

そうして、また平次が文面に戻ると、快斗はなにやら満足げに元いたところに座る。

平次は、快斗に文句をいいながらも、紙を睨みながら快斗が言っていた言葉を反芻していた。

(『文を涙に例えて作る』…?確か涙んトコの説明は…
 …待てよ…!?確か巡り会うた織姫と彦星は、ベガとアルタイル…)

平次は考えを書き出すために用意しておいた白紙につらつらと単語を並べる。

「…そうか!!」

いきなり大きな声を出す平次。

それにびっくりしながらも和葉は身を乗り出した。

「何?分かったん??平次」

「いや、でもまだ足りん…大体の予測は付くが、肝心のパーツが…」

平次はじっと予告状を見詰めた。

二人の恋物語が綴られた、月下の奇術師からの挑戦状を…




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