「好きです」
と、簡潔に言われた一言に、まさか告白されるとは思ってもみなかった僕は、
「あ、え、えと、…友達からでもいいですかっ」
どぎまぎしながらそう答えていた。
すると彼女は予想外にもにっこり笑って、
「ありがとう」
と答えた。
宙ぶらりん・1
「ねぇねぇちゃんっっ!!やなぎんに告白したってホント!!?」
二時間目の休み時間にクラスに乗り込んできて、レミちゃんは開口一番にそう言った。
それはもう、クラス中に聞こえるくらいの声で。
「…はあ、しましたが」
特に知られても気にする性質ではなかった私は、レミちゃんらしいなぁなんて思いながら気圧され気味に答えた。
するとレミちゃんは、机に手をついて勢い付いて言った。
「ダメじゃないっ!やなぎんはみんなのものなんだよ!!」
みんなの『もの』って;;
「はあ。…でもまぁ、どうせ断られた訳ですし」
「あら、断られちゃった?」
後ろからひょいっと顔を出した堀さんが私の言葉に反応した。
堀さんは告白自体にはあんまり問題意識は抱いていないようだ。
ってか、レミちゃん彼氏いるのになぁ…今さらだけど。
「"ともだちから"だって」
「あー成程、それは柳くんらしい」
堀さんは納得顔で頷いた。
一方レミちゃんは未だ納得いかない様子。
「ちゃん、仲良くするのはいいけど、やなぎん独占しちゃダメだからね!!」
「一応…気をつけます;;」
というより、私がどう頑張っても独占なんてできないと思うんだけどね。
その後、友達からってことはまだ見込みあるんじゃない?とかお昼一緒に食べるの?とか色々応援した後、二人は帰って行った。
「告白されたぁ??」
大勢の客で賑わう店内で、黒を除いたいつものメンバーがテーブルを囲んでいた。
ちなみに黒は家の手伝いということでまっすぐ帰宅。
石川がポテトをつまみながらそう訊き返すと、柳は居心地悪そうに身を縮めて「はい…」と答えた。
「誰に?」
「……さんです…」
「か〜」
よく昼食を一緒に摂るメンバーの一人を思い出してへえ、と相槌を打つ。
「ゆ、ゆるさんっ!!」
「だから、お前は柳のなんなんだよ」
ぐっ、とシェイクを握った手に力を入れている仙石に呆れ顔で返す。
「と、とうとうあかねまでカノジョ持ちにっっ!!!」
「それについてはドンマイだ」
一人危機感を抱く井浦にはそれくらいしか言う言葉はない。
あとで粘土買ってやるよ、とか励まし文句を言っていると、柳は大急ぎで両手を振った。
「あの、いえっ!断っちゃいましたからっ」
「え。何、あかね断っちゃったの?」
「あぅ、はい…;;」
もうすっかりOKしたつもりでいた三人は柳の言葉に少しばかり驚いた。
何と言っても、それまでも柳とはそれなりに仲が良かったからだ。
「何て言って?」
「と、ともだちから、って…」
「…もう既に友達じゃん」
「そうなんですけど…
…―"友達のままで"って言うと、なんだか違う気がしたんです」
「"友達のままで"、っていうと、完全な断りの言葉だな」
「それに対して考えると、"友達から"っていうのはまだ明確に答えが出てない感じ?」
「あかね、答え出てないの?」
「あ、えと…」
そこまで追及すると、柳は悩むように黙り込んだ。
やがて頭の中からやっとこさそれらしい単語を引っ張って来ると、悩み悩み言葉にしていった。
「なんというか…恋愛としての好き、なのか友達としての好き、なのかがよく分からない…感じです」
「あー、たしかに、友達として仲良いといっても恋人とはまた違うもんな」
「はい…だって、よく分からないままで付き合うのは失礼じゃないですか?」
「まあそうだよな〜」
「でも、付き合ってみて分かるってコトもあるんじゃないか?」
「わー仙石さん、そんなことするんだ〜」
「薄情者だなー、お前」
「いっっ、一般論を述べたまでだっ!!」
バーガーにかじりつきながら意見を述べたら、緑と紫から冷たい目で批判を受けた。
まさか綾崎にもそんなコトしたんじゃないだろーな?と言われて必死に言い返す。
力んだはずみにバーガーからソースとピクルスが飛び出た。
ナプキンだ、濡れティッシュだ、と騒いでテーブルやらなんやらを拭いているときに、ふと石川は口を開いた。
「でもさ、柳。それってつまり無期限で返事を延長したことになるんじゃない?」
「…はい」
「関係無い俺が言うのもアレだけど、待つって結構しんどいと思うんだよ」
「……はい」
出来るだけ早く返事してやれよ?と言った石川に、手がソースまみれのまま仙石は、柳くんを責めるなっ!と噛みついていた。
…――友達から。
家に帰るとそのままベッドにごろんと横たわって自分の言葉を反芻した。
どうしてああ言ったんだろう…
まさか自分が告白されるとも思わずにいた中で、返事を待たせるのも悪いと思い、咄嗟に口をついて出たのがその言葉だった。
…"ありがとう"と、彼女は言った。
断ったら、少なからず傷ついてしまうんじゃないかと思っていた自分に、彼女は微笑んだ。
悲しまれるよりも好きだという気持ちが伝わってきて、彼女の微笑む顔に、どこか罪悪感のような気持ちを抱いた。
罪悪感を感じる、ということは、やはり自分は決断しきれていないのだろう。
決断しきれないまま、曖昧な答えをしてしまったことに、彼女に対して悪いと思っているのだろう。
自分はどう思っているんだろうか。どういうことが"好き"ということなんだろう。
いつかの吉川さんに対しての気持ちとは違う気がした。
今はもう彼女に対しては友達としての感情しかもっていないけれど。
ぐるぐる悩むうちに、結論の出ない思考は深い眠りの中に吸い込まれていった。
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